「ほらほら、オークションが始まっちゃいますよ二人とも。憶測の話なんて幾らしたって銅貨一枚にもならないんですからぁ〜」

アキナは諌めるようにルードにそう言い、ボックス席の手すりから身を乗り出すように会場を指さす。

見てみると、ちょうど会場……つまりは演劇の舞台上に僕の絵が運び込まれ、同時に黒いドレスを身に纏ったとんがり帽子の女性が舞台から現れるところであった。

「あ、メルトラだ」

遠いためちゃんと顔が見えたわけではなかったが、あの大きな黒いとんがり帽子は間違いなく魔法使いのメルトラだろう。

「なんでメルトラがここに?」

「彼女は王様のご好意で、今回オークションで出品される品々の護衛を請け負ってくれているんですよぉ〜」

「あれ? メルトラって確か魔導開発局にいるんじゃ?」

この前ボレアスと話した時にはそう聞いていたが。
そういうと、アキナは少し驚いたような表情を見せると。

「あら〜? 知らなかったんですか〜?メルトラさんは魔法開発局から異動して王族の宝物管理の仕事に今は着いているんですよ〜?」

「はっ、天下の魔法使いが宝物庫の門番か。 問題でも起こして左遷でもされたのか?」

「とんでもな〜い‼︎ 宝物庫には〜王家が王家であるための証、勇者の武具や魔王を倒して手に入れた無限の魔力を得られる魔王の瞳に〜。神に与えられた万病に効く霊薬エリクシールが眠っているのですよ〜。そんな場所の管理を任されたということは〜、それだけ王の信頼を勝ち得ていると言うことですよ〜」

「ちぇっ……つまんねー話」

ルードはそうつまらなそうに口を尖らせると、高そうなワインの口をあけて僕のグラスに注いでくれた。

「あれ? でもそんな大事な仕事をしてるなら、尚更なんでオークションの品物の護衛なんてやってるの?」

「さぁ? 王様のご好意でと言うことしかメルトラさんからは聞いてませんから」

確かに、と小さくアキナさんは呟いて首を傾げると。

同時に騒がしかった会場が一瞬静かになり、同時にどよめきが起こる。

「な、なんだ?」

突然の会場の変化に、ルードと一緒に身を乗り出して階下をみると。

同時に心臓が跳ねる。

「セレナ……」

一年ぶり……そこには忘れられない少女の姿があった。

白銀の鎧に、相変わらず簡素に束ねられた長く絹糸のように輝く黒い髪。

記憶よりも少しだけ痩せたセレナがみんなの注目を浴びながらオークション会場を少しだけ緊張した様子で歩いていた。

「あ、あれは……この国の第一王子じゃねえか? 随分と質素な服着ちゃいるが……」

「あらあら本当ですぅ。変ですねぇ、王様と王子様は代理の人が出席するって聞いていたんですけれどもねぇ?」

「もしかしてお忍びのつもりなのかあれ?」

ルードは少し困惑したように、意気揚々とオークション会場を歩く王子様を指さすと。

「困ったことに、お忍びのつもりなんですよねぇアレ。もちろん王様にはとっくに報告済みですよ。そしたら王様ときたら俺たちに子守を任せやがりましてね……過保護なんだか放任主義なんだかどっちかにしろって話ですよ」

「あぁ……それでメルトラさんやセレナさんがいるわけなんですねぇ」

ルードたちの話を聞いて、僕はようやくセレナに視線を向けているのが僕だけなのだと気がついた。

みんなセレナではなく、僕と背格好のよく似た青年を見ていたのだ。
王子様……というと将来王様になる人間のことだ。

「この国の未来を背負って立つ王子様がお忍びでオークション遊びか、魔王復活の心配がなくなったとたん呑気なこった」

面白くなさそうにルードはそう言うと、興味をなくしたようにソファに座り直して、テーブルに置かれたブドウを口に放る。

「あら、良いじゃないですかぁ〜。 それだけ世界が平和になったと言う証ですよぉ〜? それに、時期国王が見にくるなんて我々にとっては〜良いことじゃないですかぁ?」

「本当に平和なら俺だって万々歳さ。だがよ、悪いがこの国はまだまだ平和なんてのには程遠いぜ? どいつもこいつも魔王なんておっかねぇもんにずっと怯え続けちまったせいで、潜んでる猛獣に全然気づいてねえみたいだけどな」

「どう言う意味? ルード」

「本当に平和なんだったら、護衛があんなに殺気立つ必要もねえだろって話さ」