世界で未だ一組だけしか踏破したことのない最難関と言われる迷宮。
ガルガンチュアの迷宮。

それがどれだけ凄いことなのか、今まで僕はなんとなく程度にしか理解していなかった。

だが、ルードに連れられて会場にやってきて、僕は今更ながらそれがどれだけの偉業であったのかを理解した。

「す……ごい」

到着したのは王都に存在する王家御用達の巨大な劇場。

王都中央演劇場。

世界中の貴族や王族まで利用するこの演劇場は、観客席総数一万人を誇るこの国最大の劇場であり、世間のことにに疎い僕ですら名前を知っているぐらいには有名な劇場である。

そんな場所を終日貸切にして、今日一日オークション会場とするなんて聞いた時は、驚きすぎて目がこぼれ落ちてしまうかと思ったほどだ。

「いよいよ〜この時がきましたねぇ〜。私もこの絵がどんな結果になるのか〜、とても楽しみです〜」

会場に到着し、ルードと共に鉄箱へと厳重に保管した迷宮の絵をアキナに渡すと、
アキナはいつも通りおっとりとした口調でそう言ったが。

体は正直なようで、どこかソワソワして緊張しているのが丸わかりだった。

この会場を貸し切るだけでも相当なお金が動いているだろう。
頼むから損が出ない程度の値段はついてくれよ……。


なんて思いながら僕はアキナさんに鉄箱を託すと。

「やーやーどーも皆様おそろいで」

会場からボレアスが鎧を纏った兵士を連れて現れた。

「あれ? ボレアス、どうしてここに?」

「のんびりオークション見物ー……ってんだったらよかったんですがねぇ。当然仕事ですよ。騎士団は総出で王族の警護に当たってるんですわ。何しろ、下は下級貴族から上は各国の王様まで、お偉方総出で今回のオークションに参加するんだ。 万が一があっちゃいけねーですからね……最近色々と物騒ですし」

そういって、ボレアスは指を鳴らすと、鎧を着た兵士たちが五人がかりで鉄箱を運び出す。

「物騒?」

「あぁいや、こっちの話ですよ。そんじゃまぁ、絵は部下がしっかり見ておくんで、皆様方はお席までエスコートさせていただきますよ。 会場を一望できる、特等席へとね?」



会場の最上階に案内された僕たちは、厳重な警備が敷かれた部屋へと通される。
高そうな絨毯が敷かれ、ソファやテーブルの上には果物やおいしそうなお酒が置かれたその部屋は、一見すると貴族や王族の人が使用する待合室のようにも見えるが、正面の壁がくり抜かれ、会場が見渡せるようになっている。

ボックス席……という奴らしく、他にも似たような構造の部屋は会場にはいくつもあるが、ここだけは飛び抜けて広く大きい。

「すげぇ部屋だなおい……」

息を呑むようにルードはそういうと、身を乗り出して階下を見下ろす。


「王族や貴族でも滅多に入れない極上の特等席だ。お前さんが出席をするって口ぞえしたらオーナーが是非にって貸し出してくれたんだとよ。人気者ですねぇフリーク」

「そ、そうなの?」

「えぇ、何を隠そうここのオーナーも、フリークさんの絵の大ファンですから。
今日はオークションの参加者として〜、出席してるはずですよ〜?」

「さすがは相棒だな」

「……う、うーん? なんだか未だにしっくり来ないんだよね。ちょっと前までこんないい服なんて着たことすら無かったのに」

ルードに着せられた貴族用の服は、ひんやりとしている上に肌に纏わりつくようで着心地がすこぶる悪い。
なんだか濡れてるみたいで落ち着かない。

「相棒、頼むからシミとか作らねーでくれよ? 口の汚れ袖で拭くとかもっての他だからな」

「うぅ……面倒くさいなぁ」

「ははは、まぁそうでしょうねぇ。俺だって王国の騎士団なんて今でも柄じゃねえって最初の頃は思いましたからね。でもま、そんな考えもこのオークションで吹き飛ぶでしょーよ。
それに、ここにゃ王族も貴族の皆さんも来やしねえんですし、肩の力を抜いて楽しんでくださいよ。ほら、高そうなワインもありますよ?」

そう言ってボレアスグラスを一つ手に取ると、ワインを注いで僕に渡してくれる。

「え? ボレアスここに残るの? 警備の仕事は?」

「出品者の身の安全を確保するのも立派な警備な仕事でしょう?」

「屁理屈こねやがって、仕事しろよ給料泥棒」

根は真面目なルードは相性が悪いのだろう。
珍しくボレアスに向かって毒を吐く。

「あらら、どうやら随分と嫌われちまったようですねぇ。まぁ邪魔だってんなら俺は端っこの方で一人で楽しみますんで、どうぞお気遣いなく」

そう言うとボレアスは一人ワインボトルを手に持ったまま部屋の隅に行ってしまった。

「胡散臭い奴だな……腕が確かってのは見ればわかるけどよぉ、追放した人間に対していささかなれなれしすぎじゃねぇか?」

少し悪態をつくようにルードはひそひそ声でそう溢すと、眉を潜めて僕の方をみる。

「元々ああいう性格なんだよボレアスは」

「相棒は優しすぎんだよ。 ありゃ絶っっ対何か企んでるって顔にしかみえねーぜ? 助けて貰ったって話は聞いたけどよぉ、警戒しておかないと今度はもっとひどい目に遭わされるかもしれねーぜ?」

「あぅ」

ルードのいうことはもっともであり、僕は返す言葉もなく項垂れる。