次の日は一日落ち込んで。
その次の日は塞ぎ込んで。

「だめだ……起きよう」

ベッドを出たのは一週間が経過してからだった。

一週間もぐっすり眠れば多少は辛さを克服できるかも……なんて淡い期待はむしろ事態を悪化させるだけだった。

眠っても眠っても悲しい気持ちは収まる様子はないし、むしろ瞼を閉じるたびにパーティーを追放された時の思い出や楽しかった思い出が交互に思い出されて辛さが増すばかり。

しまいには、今まで記憶の隅にしまっていた辛かった思い出までもが夢の中に顔を覗かせるようになる始末。

このままでは気がおかしくなりそうだから、ベットから這い出すように逃げ出したのだ。

もちろん、ベッドから這い出したからと言って状況が好転するわけじゃない。
悪夢にうなされることはなくなったが……夢で思い出が甦らなくとも、ギルドハウスの中は楽しい思い出が多すぎて、それを失ってしまったという思いが募るばかり。

新しい人生を見つけるには、僕にとってここでの生活が大きすぎるのだ。

「……文字が読めるようになったら、またみんな僕を連れてってくれるかな」

思い切ってみんなが残していった本棚の本を手に取り開いてみる。


しかし、それも無駄な努力であった。

本を開いた瞬間、綺麗に整列した文章達が魔法に掛けられたかのように動き出し、回転し、捻れ出す。

頑張って読み解こうと目をこらして単語を拾おうとするが……次第に気分が悪くなり、本を閉じてしまう。

「やっぱりダメか」

昔かかった医術師がいうには、僕は生まれつき文字や数字が動いて見えてしまう病気らしく、直す方法は無いという。

「……ギルドにでも行こう」

夢と現実……双方に打ちのめされるのはもう嫌だ。

仕事に没頭すれば、その間だけは辛いことを忘れられるかもしれない。
そんな期待を抱えるように、僕はいつも通り自分の装備を整えてギルドへ向かったのであった。



「悪いがフリーク、お前に任せられる仕事はないな。他を当たれ」

だが結局、そんな期待もギルドマスターのダストにあっさりと打ち砕かれた。

「なんで……何か仕事はあるでしょダスト? 僕だってセレナ達と一緒にガルガンチュアの迷宮を攻略した一員だよ?」

そうギルドマスターに僕は訴えかけるが、ダストはため息を漏らして僕の肩を叩く。

「あのなぁフリーク。セレナ達のパーティーにいて勘違いをしちまってるみてぇだから教えてやるが、計算もできない、文字も書けない、おまけに武器も扱えない馬鹿のお前を、雇いたいなんて危篤な冒険者はいねーんだよ」

バカって言葉は嫌いだ……何も出来ない、誰にも期待されてない。そんな人間なんだって言われているようで気分が悪くなる。

「わかってるよ、でもそれなら一人でできる仕事を……」

「読み書きもできねーんじゃ依頼書を読むこともできねーだろうが。そんな奴を派遣したなんてことになったら、ギルドマスターである俺の信用にも関わる。わかったら仕事の邪魔だ、とっとと消えろこのウスノロ!」

「うぁっ‼︎?」

受付前でダストに突き飛ばされ、僕は冒険者ギルドの床に倒れる。

『やだ、なにあれ』

『知らないのか? セレナの所にいた、間抜けのフリークだよ』

『あぁ、あれが例の能無し君ね……本当に頭の悪そうな顔してる』

そんな僕の姿を見て、冒険者ギルドにいた冒険者達からクスクスと笑い声が聞こえてくる。

今までなんともなかった僕を貶す言葉や嘲笑が、今日だけは何故か耐え切れないほど痛い。

「うぅ……ううぅぅ……うぅ」

ぐちゃぐちゃな心のまま僕は逃げ出すように冒険者ギルドをでる。
だけど、街に出ても心の痛みは治らない。
それどころか。

『やだ何あの人。変なうめき声あげて、歩き方も変だし……気持ち悪い』

『見窄らしい格好で、こんな昼間から街をふらつくなよ汚ねぇな』

『こらっ……見ちゃだめよ‼︎ 変な人だから‼︎』

次から次へと……今まで聞こえてこなかった言葉がすれ違う人たちから聞こえてくる。

昔と同じ……村の人たちに言われた言葉と何一つ変わらない、僕をバカにする言葉。

そんな言葉を聞いて……僕はどうしてこんなに胸が痛いのかに気づく。

【頭が悪いことなんて気にする必要ないわ……私が貴方が自分でも気付いていないような凄いところ一緒に探して、みんなを見返させてあげるから】

そう言って励ましてくれる人が、僕にはもういないのだ。