迷宮の地図ビジネスが軌道に乗って初めての冬が来た。
その頃僕はこの地域一帯にある高難易度の迷宮の版画を掘り終えたので、余った時間で久しぶりに迷宮の絵を描くことにした。
「……すっかり、上から見た図を描くのに慣れちゃったな」
正直なところ迷宮の俯瞰図を描くのは嫌いではなかった。
細かな作業にはなるが、 一枚で迷宮全てを描けると言うのは自分としてはすごい発見だった。
ルードがいなければこんな発見は出来なかっただろう。
「本当、感謝してもしきれないよ」
微笑みながら僕はそう呟いて、辛い思い出が詰まっていたはずの我が家でキャンバスに筆を落とす。
辛い思い出は顔をのぞかせるが、その全てがルードとのたった半年間の思い出に塗りつぶされる。
それがとても嬉しかった。
「よぅ相棒‼︎ 聞いて驚け‼︎ ギルドの隣に店を出すことになったぜ、店の名前はフリークとルードの迷宮地図屋だ‼︎ っふふふこれで更に一稼ぎが……ってありゃ? 何描いてんだ?」
「少し時間が出来たから息抜き。この辺りの迷宮の絵は全部描き終えたから、他の絵を描いてるんだよ」
「他の絵って……随分と入り組んだ迷宮だな?」
「そりゃそうさ、ガルガンチュアの迷宮だもん」
つい二年前まで踏破者が誰もいなかった最高難易度の迷宮。
あわや魔王復活かと言われる直前で、セレナが復活を阻止して伝説になった。
……僕にとっては最後の冒険の絵である。
「……ガルガンチュアの迷宮って、一回しか踏破してねぇのに覚えてるのか?」
「うん。この迷宮全部のフロアを巡らないと一番奥までいけない構造になってたからね」
僕はそう答えると、ルードは一瞬何かを言おうとした後に、感心したような声で唸る。
「さすがは相棒だな……お前の頭どうなってんだ? 少し分けて欲しいぐらいだぜ」
「読み書きと計算ができなくなってもいいなら喜んで」
「ふぅむ」
軽口を叩きながら僕はルードに返すと、ルードは少し考えるような素振りをみせた。
まさか本気で脳の移植を検討し始めたのかと不安に思ったが。
「相棒、その絵が完成したら教えてくれるか?」
「別にいいけど、版画にしなくて大丈夫?」
「あぁ構わない。その絵はそのまま完成させてくれ」
ルードはニヤニヤと嬉しそうな表情のままキャンバスを見つめている。
おそらくまた何かお金儲けの方法を思いついたようだ。
「まぁ、ルードがそう言うならそうするけど……そういえばさっきダサイ名前とお店がどうとか言ってたけど?」
「あ、そうだそうだ。そろそろ自分一人で商売するのが面倒くさくなってきたからよ、人雇って店を出すことにしたんだよ……ってちょっと待て、ダサイってなんだよダサイって」
だんだんルードから冒険者成分が抜けていく。
まぁもともとお金持ちになりたくて冒険者になったらしいからそれでいいのだろう。
腕もいいのに勿体無いと思ってしまうのは僕だけではないはずなのだが。
ルード自身が微塵も惜しいと思っていない様子なのだからこればかりはしょうがない。
さっぱりしているというか、後腐れがないというか……不思議なやつなのだ。
「今まではシルバー級からプラチナ級の冒険者をターゲットに地図を売り捌いていたがよ。
初心者冒険者むけにも裾野を広げようと思うんだ。お前にとっちゃ癪だろうが、銀の風の活躍のおかげで冒険者になるやつが増えてるらしくてな。狙わない手はないぜ‼︎」
目を輝かせて力説するルードだけど、新人冒険者が増えると何故狙いどきなのかすらよく理解ができないため、いつも通り聞き流す。
「そういった難しいことや経営みたいなことは君に任せるよルード。それで、僕は何をすればいいの?」
「話が早いぜ相棒‼︎ 初心者冒険者がラプラスの迷宮みたいな難しいダンジョンなんて入るはずがないからな、今度はもっと簡単な迷宮の地図を用意して欲しいんだ。版画するのはこの前拾ったダストのやつにやらせるからよ‼︎ しばらくは版画作りに専念してほしい‼︎」
ダスト拾ったんだ。
「簡単な迷宮って言うと?」
「イシュミールの迷宮に、伽藍の迷宮……狂王の試験場とかだな」
「ほとんど魔物もいないし、魔王の魂もあんまり残ってない迷宮だね」
「あぁ、だから値段も金貨一枚じゃなくて銅貨一枚で売るつもりだ。冒険者ギルドで安値で買えるんだし、これなら贋作も出しようがねぇだろ? 悪用しようもんならギルドから永久追放してやるしな」
「……楽しそうだね相変わらず。まぁいいや、すぐに取り掛かるよ」
「行けそうか? 相棒? 最後に潜ったの随分昔だと思うけどよ」
少しだけ不安そうな表情を見せるルードに僕はため息を漏らし。
「今まで僕の何を見てたのさ。 安心して、今まで描いてきた迷宮よりも単純な構造の迷宮だから、一週間もかからないと思うよ」
「本当か‼︎ ふっふふふ……来たぜ来たぜフリーク‼︎」
「来たって……何が?」
「まだまだ儲ける俺たちの未来がだよ‼︎」
「そうなの? 冒険者ギルドの金庫にある分だけでも、結構なお金持ちだと思うんだけれど」
「まだまだ儲けられるっての‼︎ ギルドの地下室どころじゃねえよ、蔵でも建てねぇと間に合わないくらいのとびっきりのビッグビジネスがスタートするのさ‼︎ そうと決まったらこうしちゃいられねぇ‼︎ 相棒、ちょっとしばらく留守にするからよ、その間に今言った迷宮三つの版画とガルガンチュアの地図、仕上げておいてくれ‼︎ 早く終わったら適当に過ごしてていいからよ‼︎」
「……うん。でもなんでガルガンチュアの地図だけ普通に描くの?」
「理由は後で教えてやるから‼︎ じゃあ頼んだぜ、いってきまーす‼︎」
そう言うと、ルードは先程帰ってきたばかりだと言うのに装備と冒険用の荷物だけを持ってギルドハウスを駆け出していった。
「ふふっ……行ってきます、だって」
すっかり家族のようになってしまった僕とルードの関係。
それが嬉しくて、そしてどこか可笑しくて。
僕は笑いながら筆を進ませるのであった。
◇
その頃僕はこの地域一帯にある高難易度の迷宮の版画を掘り終えたので、余った時間で久しぶりに迷宮の絵を描くことにした。
「……すっかり、上から見た図を描くのに慣れちゃったな」
正直なところ迷宮の俯瞰図を描くのは嫌いではなかった。
細かな作業にはなるが、 一枚で迷宮全てを描けると言うのは自分としてはすごい発見だった。
ルードがいなければこんな発見は出来なかっただろう。
「本当、感謝してもしきれないよ」
微笑みながら僕はそう呟いて、辛い思い出が詰まっていたはずの我が家でキャンバスに筆を落とす。
辛い思い出は顔をのぞかせるが、その全てがルードとのたった半年間の思い出に塗りつぶされる。
それがとても嬉しかった。
「よぅ相棒‼︎ 聞いて驚け‼︎ ギルドの隣に店を出すことになったぜ、店の名前はフリークとルードの迷宮地図屋だ‼︎ っふふふこれで更に一稼ぎが……ってありゃ? 何描いてんだ?」
「少し時間が出来たから息抜き。この辺りの迷宮の絵は全部描き終えたから、他の絵を描いてるんだよ」
「他の絵って……随分と入り組んだ迷宮だな?」
「そりゃそうさ、ガルガンチュアの迷宮だもん」
つい二年前まで踏破者が誰もいなかった最高難易度の迷宮。
あわや魔王復活かと言われる直前で、セレナが復活を阻止して伝説になった。
……僕にとっては最後の冒険の絵である。
「……ガルガンチュアの迷宮って、一回しか踏破してねぇのに覚えてるのか?」
「うん。この迷宮全部のフロアを巡らないと一番奥までいけない構造になってたからね」
僕はそう答えると、ルードは一瞬何かを言おうとした後に、感心したような声で唸る。
「さすがは相棒だな……お前の頭どうなってんだ? 少し分けて欲しいぐらいだぜ」
「読み書きと計算ができなくなってもいいなら喜んで」
「ふぅむ」
軽口を叩きながら僕はルードに返すと、ルードは少し考えるような素振りをみせた。
まさか本気で脳の移植を検討し始めたのかと不安に思ったが。
「相棒、その絵が完成したら教えてくれるか?」
「別にいいけど、版画にしなくて大丈夫?」
「あぁ構わない。その絵はそのまま完成させてくれ」
ルードはニヤニヤと嬉しそうな表情のままキャンバスを見つめている。
おそらくまた何かお金儲けの方法を思いついたようだ。
「まぁ、ルードがそう言うならそうするけど……そういえばさっきダサイ名前とお店がどうとか言ってたけど?」
「あ、そうだそうだ。そろそろ自分一人で商売するのが面倒くさくなってきたからよ、人雇って店を出すことにしたんだよ……ってちょっと待て、ダサイってなんだよダサイって」
だんだんルードから冒険者成分が抜けていく。
まぁもともとお金持ちになりたくて冒険者になったらしいからそれでいいのだろう。
腕もいいのに勿体無いと思ってしまうのは僕だけではないはずなのだが。
ルード自身が微塵も惜しいと思っていない様子なのだからこればかりはしょうがない。
さっぱりしているというか、後腐れがないというか……不思議なやつなのだ。
「今まではシルバー級からプラチナ級の冒険者をターゲットに地図を売り捌いていたがよ。
初心者冒険者むけにも裾野を広げようと思うんだ。お前にとっちゃ癪だろうが、銀の風の活躍のおかげで冒険者になるやつが増えてるらしくてな。狙わない手はないぜ‼︎」
目を輝かせて力説するルードだけど、新人冒険者が増えると何故狙いどきなのかすらよく理解ができないため、いつも通り聞き流す。
「そういった難しいことや経営みたいなことは君に任せるよルード。それで、僕は何をすればいいの?」
「話が早いぜ相棒‼︎ 初心者冒険者がラプラスの迷宮みたいな難しいダンジョンなんて入るはずがないからな、今度はもっと簡単な迷宮の地図を用意して欲しいんだ。版画するのはこの前拾ったダストのやつにやらせるからよ‼︎ しばらくは版画作りに専念してほしい‼︎」
ダスト拾ったんだ。
「簡単な迷宮って言うと?」
「イシュミールの迷宮に、伽藍の迷宮……狂王の試験場とかだな」
「ほとんど魔物もいないし、魔王の魂もあんまり残ってない迷宮だね」
「あぁ、だから値段も金貨一枚じゃなくて銅貨一枚で売るつもりだ。冒険者ギルドで安値で買えるんだし、これなら贋作も出しようがねぇだろ? 悪用しようもんならギルドから永久追放してやるしな」
「……楽しそうだね相変わらず。まぁいいや、すぐに取り掛かるよ」
「行けそうか? 相棒? 最後に潜ったの随分昔だと思うけどよ」
少しだけ不安そうな表情を見せるルードに僕はため息を漏らし。
「今まで僕の何を見てたのさ。 安心して、今まで描いてきた迷宮よりも単純な構造の迷宮だから、一週間もかからないと思うよ」
「本当か‼︎ ふっふふふ……来たぜ来たぜフリーク‼︎」
「来たって……何が?」
「まだまだ儲ける俺たちの未来がだよ‼︎」
「そうなの? 冒険者ギルドの金庫にある分だけでも、結構なお金持ちだと思うんだけれど」
「まだまだ儲けられるっての‼︎ ギルドの地下室どころじゃねえよ、蔵でも建てねぇと間に合わないくらいのとびっきりのビッグビジネスがスタートするのさ‼︎ そうと決まったらこうしちゃいられねぇ‼︎ 相棒、ちょっとしばらく留守にするからよ、その間に今言った迷宮三つの版画とガルガンチュアの地図、仕上げておいてくれ‼︎ 早く終わったら適当に過ごしてていいからよ‼︎」
「……うん。でもなんでガルガンチュアの地図だけ普通に描くの?」
「理由は後で教えてやるから‼︎ じゃあ頼んだぜ、いってきまーす‼︎」
そう言うと、ルードは先程帰ってきたばかりだと言うのに装備と冒険用の荷物だけを持ってギルドハウスを駆け出していった。
「ふふっ……行ってきます、だって」
すっかり家族のようになってしまった僕とルードの関係。
それが嬉しくて、そしてどこか可笑しくて。
僕は笑いながら筆を進ませるのであった。
◇