「……もしもし?」

『春花、仕事終わった?』

「うん、今帰るところ」

『お疲れ様。今日ちょっと遅くない?』

「シフト勤務だからこんなものよ」

『いや、絶対遅いよ。こんな時間まで何してたんだ?』

「仕事だってば」

『待ちくたびれたんだけど』

「……何か用事?」

『彼氏が会いに来てやったのにその言い方はなんだ?』

「……家にいるの?」

『そうだよ。なんか悪いか?』

「……ううん、すぐ帰る」

携帯電話をカバンに押し込むと、春花は殊更大きなため息をついた。

去年合コンで知り合った高志は大手企業勤めで寮暮らしをしている。優しくて思い遣りのある男性で印象がよく、高志からのアプローチやまわりから持て囃されて付き合い始めた。

だがよかったのは最初のうちだけだった。日を追うごとに高志からの束縛が強くなっていったのだ。

――どこへ行くんだ
――帰りが遅い
――俺以外の連絡先は消せ

言われるたび春花は不快な気持ちになり、精神はゴリゴリと削られていく。そうして溜まった不満を爆発させれば大喧嘩に発展し罵られ、春花は泣いてしまう。それなのに結局最後は高志が泣いて謝るというパターンがここ最近の二人の付き合いだった。

――春花が好きだから
――ずっと一緒にいたい
――春花がいないと俺はダメだ

そう言われてすんなり受け入れるほど春花も子供ではない。春花自身、高志がモラハラなのではないかと考えたりもする。けれど泣いてすがってくる高志を簡単に蔑ろにするほど残酷にはなれないでいた。高志を突き放す勇気もなくなんだかんだ許してしまう春花は甘いといえよう。

(でも今日こそ別れを告げてやる。今日こそは……)