「葉月先生~、レッスンの時間なんだけど?」
「あ、ごめんなさい、野々部さん。今行きますね」
黙り込んでしまった静を置き去りに、生徒に呼ばれた葉月はいそいそとレッスン室へ向かう。
「あ、そうそう。春花先生はお元気?今どうしてるの?」
「ちょっと、野々部さん……」
葉月は困った顔でチラリと静を見るが、すぐに野々部の方へ向き直り、わざとらしく咳払いをしてから告げた。
「春花先生は幼稚園の先生になったんですよ」
「あー、そうだったわね。確か、里山リトミック幼稚園だったかしら?年取ると忘れっぽくて困るわぁ」
二人は歓談しながらレッスン室へ入っていく。そして重厚な扉がパタリと閉まった。
「野々部さん~」
「だって葉月先生がいつまでも意地悪してるから~。どうせ教えるつもりだったんでしょ」
「そうですけど、もうちょっとお灸据えてもよかったかなって」
「あら、葉月先生って意外と腹黒ね」
「やだっ、野々部さんったら」
レッスン室内でそんな愉快な会話が繰り広げられているとは露知らず。静は見えなくなった二人に深々と頭を下げてから店を去った。