ピアノを弾くのは楽しい。世界中の人を魅了することは高揚感がありとても気持ちがいい。もっともっと上に行けるのではないかと思わせてくれる。

だけど足りないものもある。
春花の存在だ。

一度は失いかけた演奏の楽しさを気づかせてくれたのは春花だった。いつだって応援してくれるのは春花だけだった。いくら有名になってもいくら賞を取っても満たされないものがある。隣に春花がいないから。

それにようやく気づいたのだ。

静は春花に電話をかけたが留守電につながってしまった。それもそのはず、時差があるのだ。春花とは時間を合わせないと仕事中だったり深夜だったりしてしまう。静は自分の浅はかな行動を恥じ、また明日時間を見計らってかけ直そうと気分を落ち着けた。

だが翌日になっても、大丈夫だろうという時間にかけても、留守電にメッセージを入れても、一向に春花から返事が来ることがなかった。

そしてさらに数日後には電話も繋がらない、いわゆる音信不通になってしまったのだ。

嫌な予感がした。
いや、嫌な予感しかしない。

まさか倒れたとか?
また襲われたとか?

そんな不安が過る。

今すぐにでも日本に戻って春花の無事を確かめたい静だったが、次の公演はもう決まっておりそれを投げ出すとなると多くの人、企業に莫大な迷惑がかかる。

天秤にかけるようなことはしたくないが、社会人としての責任感も簡単には捨てられなかった。