しゃべり方も穏やかで「桐谷くん」と呼んでくれることが何よりも嬉しい。まるで高校生の頃に戻ったかのように錯覚する。

だが、ごめんと断りを入れて電話を取った春花の表情はずいぶんと強張っており、静は胸騒ぎがした。

そして春花の口から「彼氏が……」と出てきたことに衝撃を受けた。

「あはは、もう、困っちゃうよね。束縛なんてさ」

何でもないように笑う春花は、音大に行けなくなったと告白した音楽室での出来事を彷彿とさせる。

そんな春花を見たかったわけじゃない。幸せそうに笑う、天使みたいな春花を求めていた。

五年も経てば環境も考え方も変わるだろう。それを差し引いたとしても、全然幸せそうじゃない春花の姿に静は激しく後悔した。

なぜあの時告白しなかったのだろう、と。

春花には笑っていてほしいのに。
俺のピアノで癒されるならいくらでも弾いてやる。
彼氏と幸せじゃないなら俺が奪って幸せにしてやる。

これ以上後悔を重ねたくない静は、心密かにそう誓ったのだった。