受験も近くなった頃、暗い表情をした春花を前に静は言葉がでなかった。

「……ずっと一緒にピアノを弾きたかった。一緒に音大に行きたかった」

春花の絞り出す言葉が矢となって静の心を刺す。

ずっとこのまま楽しい毎日が続くのではないかと錯覚することだってあった。むしろ続いてほしかった。

一緒に音大に行きたかったのは静の方だ。春花とずっと一緒にいたいと願っていたのは静なのだ。このショックは計りきれない。

春花の落ち込んだ姿を見るのは初めてだった。けれど春花はそれ以上何も言わず、すぐに普段通りの明るい春花に戻った。

静にはわかっていた。それが春花の気遣いなのだと。一瞬見せた落ち込んだ姿はまるで嘘のように元の春花に戻っている。

もしかしたら抱えきれない大きな不安や悩みがあるのかもしれない。それを押し殺しているのかもしれない。

気づけば静は春花の手を掴んでいた。

「俺の前で強がったりするな!泣けばいいだろ」

「……ううっ」

春花の瞳からはポロポロと涙がこぼれ落ちる。気持ちを押し殺す春花をどうにか解放してやりたい。楽にしてやりたい。

そうは思いつつも、静にはこれ以上どうすることもできなかった。

春花を守りたい。
春花を幸せにしたい。

自分に何ができるのか全くわからなかったけれど、ただ、漠然とそう思った。

卒業前に春花に告白しよう。
静は決意を胸に、春花との日々を大切に過ごした。