静はずっと春花が好きだった。
春花の旋律は心地よく、人を癒すような旋律はずっと聴いていられる。まったく飽きない。

だが彼女はいつも自分を卑下し、逆に静のピアノをすごいと褒める。それがなんだか悔しく、そしてむず痒かった。

音楽一家に生まれた静は小さい頃からピアノを習わされた。強制的に始めたピアノだが、静はピアノが好きだった。

重厚で繊細な音色は子供心にも胸を熱くさせる。上手く弾けたときの爽快感や達成感は体が震えるほどだ。

だが年齢が上がるにつれて指導が厳しくなっていき、いつしかピアノを好きな気持ちがどこかへいってしまった。

――できて当たり前――

だから誰も褒めてはくれない。ピアニストを目指して頑張ってきたのに、途中で何が何だかよくわからなくなってしまった。

そんな時、春花に出会った。

同じ音楽部でピアノが大好きで、優しい旋律だけじゃなく楽しそうに弾く。そんな自由な春花を見るたび、静は羨ましくて仕方なかった。

「桐谷くんのピアノはずっと聴いていられるね」

いつだって春花は静のピアノを褒め讃える。静だけではない、音楽部の一人一人をよく見ていて優しい言葉をかける。

静にとって春花は、心にともしびをくれる天使のような存在だった。