「あの日って……?」

「最後に二人でトロイメライを弾いた日のこと、覚えてる?」

「うん」

「あの時、俺は春花に伝えたいことがあったんだ」

「伝えたいこと……」

よみがえる思い出は春花の心臓をぎゅっと締めつける。込み上げる衝動は期待なのか、不安なのか。春花はじっと静の言葉を待つ。

「好きだ。高校生の頃からずっと。春花が好きだ」

あっという間に春花の心をかっさらうかのように、体の奥から忘れかけていた何かが解き放たれる。閉じ込めていた感情が溢れ出てくるのがわかった。

「……私も。あの時本当は伝えたかった。桐谷くんのことが好きって。でも言えなかったの……」

「春花……」

あの時、お互い好き同士だった。お互い遠慮して勇気がなくて、心地よい関係が壊れてしまうのを恐れて伝えることができなかった。

一体何年越しだというのか。

感激にうち震え、春花の頬を一筋の涙が伝う。静はそれをそっと拭うと困ったように微笑んだ。

「遅くなってごめん」

涙を拭いつつその手は春花の頬を包み、そして蕩けるようなキスをした。