◇
コンクールも受験も無事に終わり、あとは卒業式を迎えるだけのある日の放課後。二人は音楽室に赴いていた。
たくさんの思い出が詰まった音楽室、そしてグランドピアノ。
「ねえ、卒業記念にトロイメライ弾かない?」
「そうだな。これが山名と弾く最後のピアノか……」
「うん、そうだね……」
そんな会話をしてしまったために、二人の間にしんみりとした空気が流れる。
本当にこれが最後の演奏だ。コンクールがあるからという理由で切磋琢磨してきた時間も、卒業を控えているだけの二人にはもう必要がなくなった。
春花は胸の辺りをぐっと押さえる。
(この演奏が終わったら告白しよう)
これが最後のチャンスだ。これを逃したらもう告白できる気がしない。二人、進路は別々なのだから。
決意を胸に春花はピアノに対峙する。隣にいる静をいつも以上に感じながら、想いを込めて鍵盤を打ち鳴らした。
二人で奏でるトロイメライは最高に気持ちがいい。
ずっと弾いていたい。
ずっと曲が終わらなければいいのに。
弾き終わった直後、何物にも代えがたい高揚感が胸を熱くする。この余韻は忘れてはいけない。壊してはいけない。
そう感じたからこそ、春花は静にとびきりの笑顔をみせた。
「山名、俺……」
「ずっと応援してるね。私、桐谷くんのファン1号だから。有名になったらコンサートのチケット送ってよね」
「……ああ、わかった」
気持ちを誤魔化したあの日。
寂しく笑った静。
二人の気持ちは宙に浮いたまま、月日は流れた。