そんなおこがましい考えを振り払うかのように、春花は別の話題を切り出した。
「あ、店長が、来るなら一曲弾いてほしいって」
「そう?なにがいいかな?」
「トロイメライがいい。桐谷くんのトロイメライ、聴きたいな」
「春花、来て」
「え?」
言われて静に着いていった先はピアノルームだ。静は椅子を引いて春花を座らせる。
「覚えてるだろ?トロイメライ」
「……うん」
高校生の時に連弾したトロイメライは、春花にとって死ぬほど練習して今でも思い出して時々弾くくらい覚えている曲だ。
静は春花の隣に座った。
触れそうで触れない距離は春花の心臓をドキリとさせる。
静が鍵盤に手を置いたのを見て、慌てて春花も手を置いた。
「いくぞ」
すうっという静の呼吸音を合図に、ポロンと指を動かした。
春花の指、静の指から繰り出される鍵盤の響きはたくさんの音と混ざりあって深みを増していく。二人で奏でる広い音域はまるでそこに別の空間が存在するかのような魅力的な世界を生み出し、たちまち没頭させていった。
久しぶりに沸き上がる高揚感。
思い出される青春に胸がいっぱいになる。
「春花……」
「桐谷くん……」
「あの時の続きを言わせて」
「あの時?」
「そう、最後にトロイメライを演奏した時の続き……」
春花は目をぱちくりさせて首を傾げた。