「あ……」

「こら、邪魔するなよ」

静がため息混じりに猫を抱き上げると、猫は静の腕をするりと抜け、目を真ん丸にしながら床をあざとくゴロンゴロンと転がった。

「……お前」

「あ、猫、猫飼ってたんだね」

「ああ、猫アレルギーじゃないよね?」

「大丈夫。すごく人懐っこいね。名前、何て言うの」

「……」

「……?」

静は開きかけた口を躊躇いがちに閉ざし、春花は不思議に思い首を傾げる。ふいと春花から視線をそらすと、ぼそりと呟いた。

「……トロイメライ」

「ニャア」

静の言葉に反応するように、猫「トロイメライ」が短く鳴く。

瞬間、春花の脳裏に浮かぶセピア色の思い出。静を見れば照れたように耳が赤くなっていて、春花の胸はぎゅんと締めつけられた。

「可愛い。君、良い名前を付けてもらったのね。トロちゃん」

春花が手を伸ばすとトロイメライは応えるように頭をスリスリと擦り付ける。その光景に、静は幸せを感じながら優しく微笑んだ。

「春花、夕食は?」

「まだ」

「じゃあ何か食べよう。トロもおいで」

夕食と言うにしてはずいぶん遅い時間だったが、久しぶりに穏やかで心地良い感覚に春花は胸がいっぱいになった。