とても心地良い気分でスッキリと目覚めた春花は、あまりの爽やかさにうーんと大きく伸びをした。

久しぶりにぐっすり寝たような、そんな気分だ。

自分に掛けられている毛布を見て、ようやくここが静のマンションだったことを思い出した。

「……ショパン?」

耳を撫でるピアノの音に春花は顔を上げる。心地良い揺らぎはこのピアノの音だったのだろう。

静は春花に気付くと、ニッコリ微笑んで演奏の手を止めた。

「桐谷くんごめん、なんか寝ちゃって。ショパンだったよね?」

「うん。春花がよく眠れるように」

「すごくよく眠れたよ」

「それならよかった。春花がつらそうに寝てたから」

「ねえ、もしかして帰ってきてからずっと弾いていたの?」

「春花の寝顔が可愛かったからずっと見ていたくて」

「ええっ!」

流された視線が予想外に甘くて、春花は思わず頬を赤らめながら目をそらす。それに、いつの間にか「山名」から「春花」へ呼び方が変化していることに動揺が走った。

変に意識してしまったことに焦りを覚えるが、それに対して静は何も気にしていないようだ。

「あ、あのさ、名前で呼ばれるとなんか恥ずかしいっていうか、ドキドキしちゃうっていうか……」

ゴニョゴニョと静に訴えてみる。
静は立ち上がり春花の元に行くと、彼女を覗き込むようにして視線を合わせた。

「な、なに?」

「春花をドキドキさせてるんだ」

微妙な距離がもどかしい。
お互いの呼吸音が聞こえ、毛布の擦れる音さえも大きく聞こえる。

ドキドキと高鳴る鼓動が聞こえてしまうのではないかと思うほどの距離感は、まるでキスをするような感覚に似ている。

近づく距離に反射的に目を閉じた。
と、その時。

「ニャア」

鳴き声にはっと我に返り、春花はほんの少し仰け反る。猫は春花の腕にグリグリと頭を擦り付けていた。