夕方、レッスンのために出勤した春花を見た葉月は眉根を寄せ、手招きしつつ春花を呼びつけた。

「ちょっと山名さん、何だか顔色悪いけど大丈夫?」

指摘され、春花は頬を両手で押さえる。昨晩高志にアパートを追い出されビジネスホテルに泊まったわけなのだが、全くといっていいほど眠ることができなかった。今朝は朝食もそこそこにアパートへ戻り荷物の整理をしていたのだ。昼食もとっていないことに今更ながら気づく。

「あ、ちょっとプライベートでいろいろあって。すみません、仕事に迷惑かけて」

「別に迷惑はかけられてないけど。これからレッスンよね、大丈夫?」

「それは大丈夫です。それより店長、今度レッスン風景を見学したい方がいまして」

「体験レッスン?いつも通りやってくれて構わないわよ。」

「あ、じゃなくて、見学したいのは桐谷静さんなんですけど」

春花の言葉に、葉月は作業中の手を止める。改めて春花と目を合わせると、不思議そうに首を傾げた。

「……は?桐谷静ってピアニストのじゃないわよね?」

「はい、そのピアニストの」

「……え、山名さんとどういう関係なの?」

「実は高校のときの同級生なんです」

「やだっ!何でそれを早く言わないのー?もしかして一曲弾いてもらえたりしないかしら?」

「たぶん大丈夫かと」

「もう、そんなことならいつでもウェルカムよ!」

「ありがとうございます」

やはり一曲弾いてほしいと言う予想通りの反応をする葉月に、春花は思わず笑みが溢れる。

「春花せんせーい」

「あ、はーい。今行きまーす。そういうわけなので店長、お願いしますね」

静の来訪を改めて葉月に念押しし、生徒に呼ばれた春花はパタパタとレッスンルームへ入っていった。

「……桐谷静と同級生ねぇ。で山名さんのレッスン風景を見学?ふぅーん、山名さんもすみに置けないのね」

葉月は春花が入っていったレッスンルームを見ながら、一人ニヨニヨと微笑んだ。