翌日、幸いにして夕方のレッスンまで仕事はない。春花は荷物をまとめるためにアパートへ戻った。
そろりと鍵を開けると、そこはもぬけの殻だ。
あんなモラハラ高志だが、彼は仕事にはちゃんと行くことを春花は知っていた。仕事中の高志の態度は全く知らないが、きちんと出勤するということは最低限のルールは守っているのだろう。
「……はぁ。本当に意味がわからない」
なぜ自分が出ていかなければならないのか。考えれば考えるほど理不尽でたまらないが、高志とこれ以上争う気は微塵も起きなかった。しかも高志は合鍵を持っているのだ。我が物顔で彼が入り浸る家には、もういたくない。
だが、新しい家を探すにも日数が必要だし、なによりまとまったお金がないと動けない。
「はぁー」
ため息しか出てこない。
考えると高志に貢いでばかりだった。
大企業勤めで寮暮らしをしている高志は、お金がないわけないのにいつも金欠だと言っていた。入った給料はスロットで使い果たし、春花にプレゼントひとつしたことはない。
幸い銀行のカードは財布の中、パスワードは教えていない。まずは自分の財産に安堵し、荷物の整理を始めた。
元々そんなに私物は多くなく、荷物くらい簡単にまとめられると思っていた。だが、いざ整理し始めるとどうしたらいいかわからなくなる。荷物が少ないといっても、さすがにカバンひとつでどうにかなるものでもない。
「どうしよう」
一日ですべてをこなすのは無理だ。
夕方からはレッスンが入っている。それを休むわけにはいかない。
春花はその場にペタンと座り込み、荷物を前にして途方にくれた。