春花は強い意思を胸に、高志を睨んだ。だがそれ以上に冷たい視線が春花を射ぬく。
「……私たち別れたんだから、合鍵返して」
「ああ、俺達別れたんだから、お前が出ていけよ」
「え……待って。私の家だけど?あなたは寮があるじゃない」
「はあー。二十八までしか入れないんだよね。だから結婚して寮を出ようと思ってたけど、お前にあんなこと言われちゃなぁ」
「結婚?」
「そう。春花と結婚しようと思って寮は解約した。だからここに住むことにした」
「……何言ってるの?意味がわからない」
「春花は俺と結婚する気ないんだろ?」
「ないよ」
「だったらこの家は俺が住むから、お前が出ていけって話」
「そんな……。だって、出てくにしても荷物とか」
そういう問題ではないのだが、高志の強引で強気な態度に圧されて春花はどんどん弱気になっていく。
高志は面倒くさそうに髪を掻き上げると、親指で部屋の奥を指差した。
「確かにお前の荷物は邪魔だよな。じゃあ明日俺が帰るまでに荷物なくしておけよ。荷物があったら捨てる。お前がいたら追い出す。わかったか、くそ女」
「え、ちょっと……」
高志の勢いに圧され、春花はそのまま玄関を出た。と同時にガチャンとドアが閉められる。そしてあてつけかのように乱暴にチェーンが掛けられる音が聞こえた。
閉じられた玄関の前で、しばし呆然と立ちすくんだ春花だったが、やがてため息深くその場を後にした。
行くあてもなくとぼどぼと駅の方へ向かって歩を進める。
そもそもなぜ自分の家を追い出されなくてはいけないのか。なぜあんな暴言を吐かれなくてはいけないのか。
春花の目からはぽろっと大粒の涙が溢れ落ちた。
「~~っ!」
悲しい感情ではない。悔しくてたまらない。一時でも、あんな男と付き合ってしまったことが悔しいのだ。
今晩のこと、そして明日からの我が身を憂いて春花は絶望的な気持ちになった。