やがて扉が開いた。
「お待たせ、山名」
入ってきた静は上着を脱ぎ、ワイシャツの首元を緩める。髪の毛をクシャっと掻き上げると乱れた髪がさらりと流れ、その色っぽさは春花の緊張を高めていく。
「あ、えっと、単独公演お疲れ様。本当にすごいね」
「今回も来てくれてありがとう」
「こちらこそ、チケットありがとう」
「いや、山名に来てほしかったから」
その言葉に嬉しさを覚えながらも、春花は精一杯平常心を装う。
「何だか申し訳ないよ。今度はちゃんと自分で買うね」
「いや……ところで、今日は彼氏は大丈夫?」
「うん、もう別れたから」
「そう?」
「うん」
高志とはあれからまったく連絡を取っていない。高志から合鍵を返してもらわなくてはいけないと思ってはいるが、まずは別れることができて春花は安堵していた。しばらく不安定な気持ちが続いていたが、日々の仕事の忙しさやレッスン生とのおしゃべり、そしてなにより静のピアノが癒しとなり、春花のメンタルは日に日に回復している。
「なんか吹っ切れた顔してる」
「そうかな?」
「この前彼氏と電話してる山名は何か怯えたようだったから」
静は心配そうに春花を見つめた。その視線は春花の心を震わせる。
「……そんな風に見えた?」
「見えたよ」
「……高校のときもそうだったよね」
「うん?」
「私が音大に行けずに落ち込んでいたのを見抜いたのは桐谷くんだけだったよ」
「俺は山名ばかり見ていたから。だからわかる」
「そ、そうなの?」
甘く柔らかな視線を受け止めるには心がもたない。春花はほんのり頬をピンクに染めながら、遠慮がちに目を伏せた。