大きくて温かな手の感触の余韻がどうか消えないようにと、春花は先ほど握られた右手を胸に抱える。ドキドキと高鳴る心臓の音が伝わってきて、胸がぎゅうっと締めつけられた。

「あの……山名春花と言います……」

「はい、山名様、伺っております。こちらへどうぞ」

「あ、はい」

静に言われるまま近くのスタッフに名前を告げると、いとも簡単に楽屋へ案内された。先ほどまでの人の波から外れて、廊下も楽屋もしんと静まり返っている。部屋の中にはドレッサーが何台も設置されており、近くのコート掛けには静のものであろう上着が掛けられていた。

春花はドレッサーで自分の姿を確認する。コンサートということでなるべくフォーマルに近い服で来たけれど、鏡に映った自分の姿はキラキラと輝いていた静に比べて何だかみすぼらしく見えてしまい、ため息深く落ち込んだ。

(何の話をするんだろう。こんなことなら差し入れでも持ってくるんだった)

後悔しても始まらない。

(でも、桐谷くんとまた会える)

静が来るまでの間、期待と緊張で気が気ではなくなり、春花は無駄にウロウロと部屋の中を歩き回った。