春花の番がようやく巡ってきた。
前回のコンサートのときは上手く話せたのに、今日は静を前にすると何も言葉が出てこなかった。薄暗闇で再会したあの日とは違い、明るい場所での対面は春花の心をドキッとさせる。

きっちりとセットされた髪は清潔感に溢れ、整った顔がより一層引き立つ。スラリと伸びた手足は長く、タキシードは彼のためにあるのではないかと思わせるほどよく似合っていた。

「演奏、素晴らしかったです」

何を言おうかと散々考えていたのに、結局出てきたのはありきたりな言葉だった。

「ありがとうございます」

対して静も淑やかに笑みを称えながら手を差し出す。そろりと手を差し出せば、両手でふわりと包み込まれるように優しく握る。その温かさに息が詰まるほど、春花は囚われて動けなくなった。

「桐谷く……」

「はーい、進んでくださーい」

周りのスタッフが列に声をかけ、その声に促されて人の波が動く。春花はハッと我に返りすぐにその場を去ろうとしたが、握られた手はぐっと握られて離れない。

「山名、楽屋で待っててくれないか?」

「え?」

「話がしたい。名前を言えば通すように手配してあるから」

静は春花だけに聞こえる声で囁くと、何事もなかったかのようにすっと手を離した。