静に掴まれた手首がずっと熱を持っているようで、春花はあの日以来何度も左手を胸に抱えていた。

事あるごとに高校時代が頭の中でよみがえり、そして変わらず素敵だった静の姿を思い出してはドキドキが止まらない。

「山名さんも桐谷静のファン?」

社員割引でCD購入の手続きをしていた春花に、店長の久世葉月(くせはづき)が声を掛けた。

「え?」

「毎回買ってるよね。いいよね、桐谷静」

「はい、すごく癒されます。流れるような旋律がとても好きで目標です」

「うんうん、わかる。山名さんのピアノ、桐谷静に似てるよね」

「えっ?そうですか?」

「何かこう、体全体で表現するとこっていうのかな。ピアノとの一体感が凄いっていうか。そうそう、山名さん、レッスンの評判もいいみたいね。これからも頑張ってね」

「はい、ありがとうございます」

葉月は敏腕店長で、楽器店の売上が横ばいだったり伸び悩む店舗が多い中、ここ数年は右肩上がりで売上を上げている。楽器を売ることはもとより音楽教室にも力を入れていて、指導に関して経験の乏しい春花だったが入社後は葉月によって鍛え上げられた。今では一人前に先生と呼ばれ、一度ついた生徒が辞めることは滅多にない。

だからこそ、忖度なしの葉月の言葉は重みがあり、春花は嬉しくも照れくさい気持ちになった。