静はまわりに配慮しながら春花を人気の少ないところへ誘導する。先程まで演奏していた静が姿を現したとなれば大騒ぎになってしまうからだ。春花もそれを察知し、こそこそと隠れるように身を隠した。
もう手の届かないところにいると思っていた静が春花の目の前にいる。高校のときと変わらず「山名」と苗字を呼んでくれる。その事実が何よりも嬉しかった。
「山名、来てくれたんだ」
「うん。桐谷くん、今日は素敵な演奏ありがとうございました。チケットも」
会話をするのは実に五年ぶりだというのに、二人の間にぎこちなさはまったくない。むしろ再会できたことの喜びが溢れ出てくるような、そんな気持ちの高まりがある。
「うん。来てくれて嬉しいよ」
「夢を叶えたんだね、本当にすごいよ」
「山名はピアノ続けてる?」
「うん。楽器店で働きながらピアノの先生をしてるよ。まあ、桐谷くんとは雲泥の差だけどね」
自虐的に笑いながら、春花は感傷的な気分になった。静との差を自ら評価してしまったことでなんだか惨めな気持ちになる。
「山名……」
静が口を開くと同時に、春花の携帯電話がけたたましく鳴り出した。
ビクッと肩を揺らしながら春花は携帯電話を取り出す。誰からの着信か大方予想はついていたが、春花は画面に表示された名前が思っていた通りの人物でガックリと肩を落とした。