満員のコンサートホールの中央前列を指定された春花は、先程からソワソワと落ち着かないでいた。

後ろの方や端ならともかく、舞台から近いここは明らかに特等席なのだ。自分がいていい場所なのだろうかと何度もチケットを確認するが、席の番号は間違いない。

ブザーが鳴り、ホールが薄暗くなった。ざわざわとしていたホール内も波が引くようにしんと静まり返る。

その刻が近づくにつれて、春花の心臓はドキドキと高まっていった。

パッと舞台に照明が点き舞台袖にスポットライトが当たる。沸き起こる拍手に春花は肩をびくつかせながら、遅れて手を叩いた。

カツカツと足音が聞こえる距離に心臓がきゅっと音を立てる。

タキシードに蝶ネクタイ。
スラリと伸びた手足はスタイルのよさを引き立てる。かっちりとセットされた髪の毛は高校生のときとは違って、大人になったことを証明しているようだった。

(これがピアニスト桐谷静……)

あまりの美しさに見とれていた春花だが、ふと目が合った気がしてまたドキッと肩を揺らした。その流した目線は春花をとらえるとしばらく留まっていた気がしたのだ。

(まさかね、偶然でしょ?)

煌々と照らす照明は客席からは舞台がよく見えるが、舞台から客席はほとんど見えないはずだ。例え見えていたとしてもうっすらで、目が合うようなことはないだろう。

それでも春花の気持ちは益々高揚していった。

グランドピアノが照明によってより一層厚い存在感を出しているのに、舞台に立つ静はそれに負けないくらいの圧倒的存在感を醸し出していた。

まだピアノに触れてさえいないのに、静の立ち振舞いは春花の心を揺さぶり続ける。