そんなある日のこと、郵便受けに一通の手紙が届いていた。
「お母さんから?」
差出人は春花の母からだったが、開けてみるとまた封筒が入っており、その宛先は実家の住所が書かれていた。実家に届いた郵便をわざわざ母が春花に転送してくれたのだ。
「何だろう?」
封筒の裏面を確認して、その差出人の名前に春花は心臓が止まるのではないかと思うほどドキッとする。
「……桐谷くん?」
走り書きのように名前だけ書かれたその字体は紛れもなく静の筆跡で、もう卒業してずいぶん経つというのに高校生の頃を彷彿とさせた。
急に動揺に襲われた春花は、震える手で封を開ける。すると、ペラっと一枚だけコンサートのチケットが入っていた。手紙は添えられていない。ただ、一枚のチケットのみだ。
――桐谷静ピアノコンサート 十八時開演――
「すごい、桐谷くんのコンサート……。え、明日じゃん!」
日付を確認して春花はチケットとカレンダーを交互に見る。ちょうど明日は早番で、レッスンも夕方に一つあるだけだ。職場からすぐにコンサートホールへ行けばギリギリ開演時間に間に合うだろう。
春花はごくりと唾を飲んだ。
高校生の頃ずっと好きだった桐谷静。一時は同じ夢を見て切磋琢磨したあの日々が、春花の脳裏にまるで昨日のことのようによみがえる。
「チケット、送ってくれたんだ……」
喜びが体の奥からわき上がり、春花はチケットを見つめながら自然と頬が緩んだ。