それを俺が、辞めるなんて言うから。きっと驚いたよな。翔太は俺が思っている以上に俺のことを頼っていたけど、翻って俺は、ずっと自分のことばかりで…翔太にも頼りっぱなしだったから、まさか頼られてるなんてこれっぽっちも思っていなかった。
 けど。
 遅れてでも、自力で翔太と同じ答えに辿り着いたことを、今の俺は誇らしく感じていた。
「でも、僕」
「…こっちこそごめん、翔太」
 俺は努めて明るく遮った。燈子先輩に頼られ、任され、燈子先輩が背中を預けて戦っている同期のリーダーたちを思い出しながら。
「俺しか、いないよな」
 翔太の顔が、ほっとしたように緩む。
「その代わり…俺にもやりたいことが出来たんだけど。聞いてくれる?」
「も…もちろん! 聴きたい。きかせてよ、達樹」

 その2日後の話し合いで無事、牧野翔太が指揮者・永島達樹がテナーのパートリーダーに決まり、他のリーダーや部長、副部長、会計なんかも多少の天候不順はあったが、ほぼ収まりよく決定し。
 帰り道の河原で、俺と翔太は誓った。

 俺たちの代は、差し入れを持ってきた燈子先輩が、ちょっと歌っていこうかな…って思わず足を止めてしまう合唱部を作ろう。
 必ず、来年の夏、燈子先輩に「ソプラノで大会に出たい」って言わせよう。

 俺と翔太、どっちの愛が深いのかなんて、俺にはまだわからない。俺の「燈子先輩の声を聴きたい」が、「燈子先輩が歌いたくなる合唱部にしたい」に変わったところで、やっぱり動機は不純で薄っぺらいのかもしれない。
 でも、俺はそれでいい。

 見ていないなら、振り向かせる。

 川瀬燈子が、前原拓斗を。
 牧野翔太が、川瀬燈子を追い続けるように。
 永島達樹は永島達樹のやり方で、川瀬燈子に近づくだけだ。
 俺が燈子先輩に出会って変わったように、来年の夏は俺が、燈子先輩を変えてみせる。

 もうすぐ、8月。

 燈子先輩と目指す、“最初の”大会が、迫っていた。