「変な理由でしょ?」
「そんなことないです」
俺も同じです、という言葉はギリギリ飲み込んだ。たとえ理由が同じだったとしても、志が違いすぎる。こんな俺と同じであることがなんの慰めになるものか、という自省と、燈子先輩は本当は変な理由だとは思ってなくて、自分の芯に照らして自信を持って選んでいるのだから不要なフォローは無粋、という自制が働いた。
それでも。
「でも俺…燈子先輩の澄んだ声が、大好きです。せっかく東高で出会えたんだから、一緒に歌いたかった」
「澄んだ声?」
「え? そ、そうです」
不意に聞き返されて、俺は少し狼狽えた。先輩の声が澄んでいることの、どこに疑問の余地があるのか、俺には当たり前すぎて理解できない。
「…レッスンの先生にもよく言われるんだよねぇ。川瀬の歌は、おもしろくないって」
少しだけ、うんざりした色を醸す燈子先輩。
「無色透明で、色がついてない。指揮みたいに感情豊かに歌えないのか、って。無理でしょ。あたしが、一人で歌うことを面白いと思えないんだもん…」
「無色…透明…?」
「そう。無色透明」
レッスンの先生とやらの、大好きな先輩の声に対する傍若無人な暴言に、俺は目の前がくらくらする。
無色透明な声で歌える人が、いったいどれほどいるというのか。それの何が悪い。音大受験というのは、こんな素敵な声でさえ魅力を感じてもらえない、ハードな世界なのか…。
「燈子先輩! 俺は先輩の声が本当に好きです。でもまさか、そんな風に言われてるなんて思ってなくて…失礼な事」
「あ、そんなことないよ! ごめんね達樹くん」
珍しく、僅かに慌てた様子を見せる燈子先輩。
俺はその焦りから、燈子先輩の色々な葛藤を察知して、次の言葉を待った。
聴きたい。
声だけじゃなくて、燈子先輩の言葉を、気持ちを…。
たぶん、それは伝わったのだろう。燈子先輩は何かを観念したように、言葉を紡ぎ始めた。
「…あたしねー。ちっちゃい頃、自分の『トウコ』って名前が嫌いだったの」
風に蹂躙される黒髪をかき上げながら、先輩は少しだけ俯く。
「そんなことないです」
俺も同じです、という言葉はギリギリ飲み込んだ。たとえ理由が同じだったとしても、志が違いすぎる。こんな俺と同じであることがなんの慰めになるものか、という自省と、燈子先輩は本当は変な理由だとは思ってなくて、自分の芯に照らして自信を持って選んでいるのだから不要なフォローは無粋、という自制が働いた。
それでも。
「でも俺…燈子先輩の澄んだ声が、大好きです。せっかく東高で出会えたんだから、一緒に歌いたかった」
「澄んだ声?」
「え? そ、そうです」
不意に聞き返されて、俺は少し狼狽えた。先輩の声が澄んでいることの、どこに疑問の余地があるのか、俺には当たり前すぎて理解できない。
「…レッスンの先生にもよく言われるんだよねぇ。川瀬の歌は、おもしろくないって」
少しだけ、うんざりした色を醸す燈子先輩。
「無色透明で、色がついてない。指揮みたいに感情豊かに歌えないのか、って。無理でしょ。あたしが、一人で歌うことを面白いと思えないんだもん…」
「無色…透明…?」
「そう。無色透明」
レッスンの先生とやらの、大好きな先輩の声に対する傍若無人な暴言に、俺は目の前がくらくらする。
無色透明な声で歌える人が、いったいどれほどいるというのか。それの何が悪い。音大受験というのは、こんな素敵な声でさえ魅力を感じてもらえない、ハードな世界なのか…。
「燈子先輩! 俺は先輩の声が本当に好きです。でもまさか、そんな風に言われてるなんて思ってなくて…失礼な事」
「あ、そんなことないよ! ごめんね達樹くん」
珍しく、僅かに慌てた様子を見せる燈子先輩。
俺はその焦りから、燈子先輩の色々な葛藤を察知して、次の言葉を待った。
聴きたい。
声だけじゃなくて、燈子先輩の言葉を、気持ちを…。
たぶん、それは伝わったのだろう。燈子先輩は何かを観念したように、言葉を紡ぎ始めた。
「…あたしねー。ちっちゃい頃、自分の『トウコ』って名前が嫌いだったの」
風に蹂躙される黒髪をかき上げながら、先輩は少しだけ俯く。