「ん?」
作業のようにスクロールしていた指を、止める。
ざっと文章に目を通して、ああこのひと、引退するんだ、と理解した。好きなイラストレーターさんのいいねから表示されたものらしかった。
たしか、バーチャルな存在の配信者だったはず。
そういうかたちで配信を始めるひとが増え始めて嬉しい、というふうなつぶやきは最近よく見ていた。わたしはまだこういう方々の動画や配信はみたことがなかったけれど、いまさらながら興味が湧いてくる。
彼らは、配信者さんのカメラとこちらの見える配信画面とで世界を繋ぎ、ただ二次元的存在ではなく、人間的魂のこもったひとりとなる。
もちろんひとじゃないこともあって、でもやっぱり、人間的ではあると思う。人間そのものでないとはいえ、カメラの操作とか、配信ができる環境とか。なんていうんだろう……いるな、って感じられるような、身近なひとに近い温度感を得られるみたいな。
よし、見てみよう。
暇を持て余している夜中の好奇心ほど、抗いづらいものはないと思っている。
どの配信者の動画から見たら界隈初心者向けなのかもわからず、首をかしげながら、もういちど目の前の文章をしっかりと読み込んだ。
『綾です。あらためてみんな、こんばんは。さっきの配信でもお知らせしたんだけど、俺はこの8月いっぱいで配信活動を休止することにしました。動画の削除はしないから、俺という存在が消えないかぎり見てくれたら嬉しいよ。』
読みながら、俺という存在が消えないかぎり、とつぶやく。
見てくれたら嬉しいと言えるだけの自信があるところが、格好いいと思った。わたしには言えないだろうひとことで、言えるだけのことをしているのだろうと考えて。
すごいな、と、語彙力の欠片もなく浮かべる。
あのイラストレーターさんも好きだって言ってるし、きっと、この綾さんから見始めても大丈夫だよね。いままで、綾さん以外の配信者が好きだというエピソードは聞いたことがなかったし、綾さんなら界隈初心者でも入れる気がする。
でもこのひと引退しちゃうんだよなあ、なんて思いながらチャンネルアカウントに飛び、最新──からふたつめの動画を開く。
最新のものは引退のお知らせ配信だろうなとタイトルでわかったから。