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この夏に、綾くんと出会えてよかったと思う。綾くんは8月31日、休止前最後の活動、として、十時間にも及ぶ配信をおこなった。
さすがにご飯やお風呂、翌日の学校の準備で離れずに見る、ということはできなかったけれど、いまのこれらの行動が、明日のわたしを後悔させないためなのかなあと思うと、それはそれで幸せに近づくような気もした。
わたしはわたしの過ごし方で、わたし特有の過ごし方で、このひと月、綾くんのことが大好きだった。綾くんに助けてもらった。綾くんに憧れた。
そしてこれからも、きっと、ずっとそうなんだろう。
この夏に、綾くんと出会えてよかった。
たまたま進路に悩んでいた夏に、たまたま綾くんが活動を休止する前に、たまたま久原さんと熱中症の応急処置の話をした夏に、綾くんの記憶がいてくれてよかった。
そんな偶然が集まって、そんな偶然に助けられて、それら全部が、すごいことだった。
始業式を終えて、今日もわたしはバイトに行く。
明日以降の未来を考えながら、これからの自分の生き方について、将来的な仕事について、考えながら。
「いらっしゃいませ、こんにちは。お客様何名様でしょうか?」
「こんにちは、ひとりです」
ふと、人工的でない風が吹いたような気がした。室内で、飲食店で、そんなことはないはずなのに。
「お席へご案内しますので、こちらへどうぞ」
お客さんを席へと案内する、そのあいだの足が震えた。
声。
声が、綾くんとよく似ている気がする。
本人かどうかはわからないし、確認する気もなかった。
席へとついて、場を離れるためにお辞儀をする。深くふかく、ありがとう、の気持ちをたくさん込めて。
ぱっと顔を上げたあと、強く頷いてから歩き出す。
夏はきっと、もうすぐ過ぎていく。それでもわたしは、この夏のことは一生わすれないだろう。
ありがとう。
もういちどくちびるに乗せると、適度に涼しいクーラーの風が、届くべきところまで送ってくれたような気がした。
[完]


