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 僕たちの仕事はいわゆる便利屋だ。最近は探偵みたいに浮気調査の依頼がほとんどを占めている。
 持ち込まれた案件に僕が口を出すことはないけれど、今回の依頼はちょっと変わっていた。

「旦那の浮気調査……?」
「いや、婚約者と言っている。結婚はまだ未定らしい」
「結婚相手の身辺調査ってやつですか?」
「他に女がいることは他所で調べてわかったんだと。今回はその女のことを調べてほしいという依頼だ」
「他所が結果出してるのに何でうちが?? そこで追加依頼した方が金額的にも……」
「まあ、そうなんだけどね。どうやら手を引かれたらしい。ちょい、ややこしいんだよなあ」

 ネクタイの結び目に人差し指を引っかけると、レオさんは首元に窮屈そうに収まったそれをぐいっと緩めた。
 真っ白なシャツの第一ボタンを外すと、大きく息を吐き出しながらテーブルの上のマグカップに手を伸ばす。

「ストーカー、だな、あれは」
「ストーカー??」
「前に依頼を受けたとこって、俺の後輩がやってるとこでさ。ちょっと確認してみたんだよ。この件から手を引いた理由なんぞ聞いてみたら、まあいろいろ出てきたってわけ」
「いろいろ…ですか」
「婚約者というのは真っ赤な嘘。婚約者どころか相手とは接点すらなし」
「は、―――??」
「依頼者が嘘を吐いてることは、向こうでも調べていくうちにわかったんだと」

レオさんは白い封筒から1枚の写真を取り出すと、真新しい赤いコンバーチブルから降りてくる男を盗撮したものをテーブルの上に置く。

「宮城大輔、依頼者の通院している病院のセンセイだな。医師としても評判は悪くない。しかし依頼者の担当医ではない。総合病院だ、寧ろ成田の事なんか全く知らないんじゃないかと思われる」
「全く??え、全く??」
「そう。で、これが依頼してきた女、成田真奈美。精神科の通院歴があって過去にも何度か警察から警告を受けている。今回もそうなるだろうと踏んだ後輩が、追加の依頼を断ったそうだ」
「……この女が…ストーカーねえ」

 すれ違っても記憶にも残らないような地味な女を想像していた。

「綺麗じゃないっすか」

 カメラに向かって朗らかに笑う成田真由美は美しく、男性からの受けも良さそうな女だ。

「なんで金使ってまでもこの宮城に固執するんですかね」
「さあな。動機まで気にしてたらこんな仕事なんぞやってられん。要は誰でもいいんだよ。依存を繰り返す人間に何を言っても無駄だ」
「……はあ」
「そしてこれが、萩野雫。ストーカーされている男の、今一番近いところにいる女がこいつだ。男の方が相当入れあげてるみたいだな」
「へえ……」
「ラッキーなことに萩野の存在は成田にばれていない。だけどこの女も相当な曲者だ。他にも男がわんさかいて宮城もただのカモだと思われる」

 レオさんの見解としては、依頼は受けるが萩野雫の情報は出さないというもの。

「放っておいたらまた他所に依頼を持ち込むだけだ。萩野雫の詳細が成田に渡ってしまったら犯罪が起きないとも言い切れない。今回は萩野雫の方から少しづつ宮城に距離を置くように持ち込んで、完全に離れさせる。それが確認できたら成田真由美に報告という形でいこうと思ってる」
「……どうやって距離を…置かせるんですか」
「萩野雫本人に話してしまうのが一番手っ取り早いんだけどな、そういうわけにもいかないし。ただ、この萩野は他にも男がいる。今回はこの宮城だけを切り離してくれたらいいんだ。その後のことはもう俺たちには関係ない」
「僕が担当します」

 考えるよりも先に、口が返事を出していた。

「炎彬が??」
「宮城って男から切り離せばいいんですよね? これ、僕にやらせてください」