同じバンドのファン同士という事もあったのだろう。絶え間なく音楽がかき鳴らされているいくつもの演奏ステージの脇を抜けていく間も会話は弾んだ。テントサイトに到着するまでの短い間に、お互い同じ年齢で共にライター仕事をしているということも分かり、二人はすっかり意気投合していた。
七海のテントまで戻ってくると、「なんか飲み物とか買ってくるよ」と言って有無を言わせず彩夏は物販コーナーまで駆け出していく。
ほどなくして戻ってきた彩夏は二人分の焼きそば、ビールにスポーツドリンクを両手いっぱいに抱えていた。

「いい匂いしてたから思わず焼きそばも買っちゃった」

彩夏は悪戯がバレた小悪魔のように舌を出して魅力的に笑う。
二人でテント前に敷いたビニールシートに座るとおもむろに彩夏は缶ビールのプルトップを二つとも空けて、七海に差し出してくる。

「はい、ほんとはお酒は良くないかもだけど、せっかくだし一口くらいは飲んでよ。余ったら私飲むし」

七海はありがとう、と言って受け取り、二人で缶を付き合わせて乾杯する。
ちびりと口を付けた瞬間、これまで感じたことのなかった感覚に七海は思わずつぶやいていた。

「え、うそ、ビール美味しい」

七海はそれまでビールの苦みがいまいち好きではなかったのだが、今飲んだビールはキュッとした喉ごしと後からついてくる苦みがとてつもなく美味だった。
彩夏はにっこりと微笑んでさも自慢げに言う。

「でしょ〜?フェスで飲むビールは最高なんだよ!」
「ほんと、美味しいこれ」

七海は目を丸くしながらビールを喉に流し込んでいく。良く冷えたビールは火照った体に染み渡って心地良かった。
見ると彩夏は一気にビールをあおると、さっそく焼きそばに手を伸ばしていた。
紙製の使い捨て容器の蓋を開けると、レモンの爽やかな香りがふわりと広がり二人の鼻腔をくすぐる。
地元特産のレモンをふんだんに使った塩レモン焼きそばは塩分が失われていた七海の身体にほどよく塩気を取り戻させる。
焼きそばを口いっぱいにほおばりながら、バンドのことや、好きな音楽について語り合う。
まるで音楽に初めて出会った頃に戻ったかのように二人は夢中でおしゃべりに興じていた。
気がつけば、夏の光はすっかり赤く染まり、高台にあるテントサイトから遠くを見渡せば太陽が島陰に沈もうとしている。
遠くのステージで鳴り響く演奏音が海から吹き付けてくる涼しい潮風に飛び乗って、二人の元まで届いてきていた。