正直に言って大丈夫とはいったものの、まだ少し頭がクラクラしていて人ごみの中を通り抜けてテントへ戻るのには不安があったからだ。
彼女は 坂本彩夏と名乗った。
夏フェス初心者の七海からすると随分とフェス慣れしているように見える彼女は、短めにカットした栗色の髪を日差しに煌かせており、それはまるで彼女自身が内側から光っているようだった。
私も髪、切ってくればよかったかな。
七海の背中まで伸びた黒髪は頭の後ろで一つに括っているものの、彼女の髪をと比べるとそれはひどく重苦しく思えた。
テントサイトへと向かう道すがら、話題に上ったのは先ほどのバンドのライブのことだった。
七海が着ているTシャツを見て、彩夏が気さくに話かけてくる。
「七海さん、そのTシャツってもしかしてファイバンの10周年記念グッズ?」
「あ、そうなんです」
バンドのファンはファインバインのことを略して「ファイバン」と呼んでいた。
その呼び方を知っており、グッズについても詳しいことから彩夏もバンドのファンであることが七海にも容易に察せられた。
「凄い、それネットで予約開始5分で完売したやつだよね」
「すっごい運よく取れて」
「いいなー、私ファンクラブ先行でも取れなかったのに」
「坂本さんは、その」
言いかけた七海の言葉を突き出した人差し指で遮って、朗らかに彩夏は答えた。
「彩夏でいいよ。私もう七海って勝手に呼んじゃってるし」