その動きは周りと比べて随分とおとなしめで、体を揺らす振幅もよく見ないと分からないほどに小さい。
それでも彼女の表情を見れば十分音楽にその身を浸していると分かる。
元来あまり動き回るのが得意ではないし、夏もどちらかといえば苦手な彼女は、
それでもお目当てのバンドである FineVine(ファインバイン)が初めてこの夏フェスに参加すると知って、
いてもたってもいられずにこのフェスのチケットを手に入れていた。
次がいよいよファインバインの出番だった。有名なバンドと比べればやはりファンも少ないようだったが、それでもステージ前は人でいっぱいだった。
普段の屋内で行われるライブでは客席の前の方に陣取ったりもするのだが、初めてのフェスという事もあり、気持ち後ろめの観客エリアにポジションを取っていた。
満を持してステージにバンドメンバーが現れる。
心なしか緊張しているようなメンバーの顔。初めてのフェス参加に戸惑っているのは七海だけではないようだった。
それでもいざ演奏が始まれば、あとは彼らの世界だ。心地よいリズムと普段よりも遠くまで響いていくメロディ。
普段のハコと違って反響するものがないぶん、音は遥か先まで奇麗に抜けていく。
最初は慣れないステージに戸惑っていた彼らだったが、次第により遠くまで、より強く届かせようと演奏にも熱が入っていく。
ドラムをたたく手元の加減やギターを弾く勢いも一層力のこもったもののように七海は感じていた。
彼らのボルテージにつられるようにして、気がつけば七海は元居たところよりも随分と前方、ステージ近くのエリアにいた。
最初はファンとそうでない人たちのテンションには明らかに違いがみられたものだったが、短い出番の中でもいつの間にか七海のいるエリアでは
誰もが夢中になって彼らの音楽に浸っており、バンドの面々もそれに対して思いをぶつけるようなエモーショナルな演奏でラストのフレーズを締めくくった。

ジャンッ!!!と最後の一音が鳴らされて、七海は思わず「イェーィ!!」と、普段の彼女ならなかなか上げることのない
歓声を両手を空に高く突き上げて叫んでいた。