事態は当然のことながら奇麗には収まらなかった。
直接相手とやりとりしても無駄だと判断した二人は、相手の上司である編集長への直談判を選択した。
これを卑怯というならば、相手のやり口の方が遥かに卑怯だと思えた。
相手からの話はどうにか直接彩夏が断り、事態を伝えられた編集長は幸いにも良識ある人間で、その男を担当から外すことを承諾してくれた。
トラブルを起こしたとみなされた男はその後すぐに別部署へと異動になった。
しかし結局揉め事を嫌った次の編集担当者によって彩夏はその仕事からは外されることになった。
男はクビにはなっておらず、彩夏だけが収入を絶たれたことになる。痛み分けにしては彩夏のダメージが大きい結果となっていた。
当面の収入を失った彩夏は新しい仕事を探さなければならず、その間は七海が主に開業準備を進めることになった。
普段の仕事に加えて食品衛生管理者の資格取得や自治体への申請手続き、業者の手配などやるべきことは山のようにある。
元々それらの内容はどちらかというと七海の分担となっていたが、それに加えて苦手な交渉事も七海の負担となっていた。
相手が男性だと無意識に気後れしてしまいそうになる自分をどうにか奮い立たせて交渉事に望むものの、どうしても彩夏のようにスムーズに事を進められておらず、そんな自分に対して七海の苛立ちは募るばかりだった。
一方で彩夏の次の仕事はなかなか決まらなかった。
プライベートの評判は最悪だったが、編集者としてはいたく有能な例の男は、どうやらあちこちで彩夏の悪評を言い立てているようだった。
最初は乗り気な相手も、いざ仕事の話になるとどうにも歯切れが悪くなることが多く、一度彩夏が破談覚悟で相手を問い詰めたところ、男の手回しが発覚した。
これまで必死になって積み上げてきたキャリアが、たった一人の悪意のせいで脆くも崩れ欠けていることを実感して、彩夏のプライドはすっかりずたずたになっていた。
それでも二人とも歯を食いしばって目の前の壁に立ち向かっていた。