思わず大きな声を上げてしまった七海に対して彩夏が慌てて静かに、と人差し指を自分の口に当てる。
気持ちを落ち着かせるように七海は目の前にあるカモミールティーを一口含んだ。鼻に抜けるハーブの香りと共に小さく息をつく。
「……それで、彩夏はその人のことどう思っているのよ」
「いい人だとは思うけど、あくまで仕事上の付き合いで、そういう恋愛感情はないかな」
「じゃあ断るしかないじゃん」
「付き合ってくれたら、僕からもっと仕事を分けてあげられるよって言われてて」
「は?関係ないでしょそれ」
「うん。それは私もそう言ったの。そしたら『逆もしかりだけどね』って言われちゃって……」
七海は無意識に沸き立つ感情で震えそうになる手を押さえていた。
「それって脅迫みたいなもんなんじゃないの?彩夏がカフェやりたいって思ってるのもその人知ってるの」
「直接は話してないけど……たぶん人づてで聞いてるんじゃないかと思う。でも、正直に言ってそこからの仕事が私のライフラインなんだよね。
そこから切られるとたぶん収入激減すると思う」
「……それで、結局彩夏はどうしたいの」
「そりゃ七海と一緒にカフェをやりたいよ。やりたいけど、けど……」
彩夏はこらえきれずにテーブルの上で手をぎゅっと握りしめてぽろぽろと涙をこぼしていた。
その姿を見つめて、奥歯を強く噛みしめながら七海は決意したように言う。
「……わかった。その人の連絡先教えて。私が話をつけるから」
「七海が?無茶だよ」
バン、と机をたたいて七海が叫ぶ。大きく揺らされたカップからカモミールティーが溢れ出していた。
「無茶なのは分かってるよ!でもこれはもう彩夏一人の話じゃないの。私たちは同盟なんでしょ!?これは私の問題でもあるの!」
他の客や店員が何事かと振り向くのも構わずに、七海は彩夏の眼を見つめて訴える。
七海はテーブル越しに手を伸ばして震える彩夏の手を握りしめる。
「一緒に戦おうよ。私たちは夏の同盟なんだよ」
しっかりと重ねられた七海の手の上には、頬を伝い落ちる彩夏の涙が零れ落ちた。
窓の外にはまるでそれにつられたようにはらはらと今年最初の雪がちらつき始めていた。