清野から一緒に帰ろうと誘われて承諾したものの、正直メチャクチャ悩んだ。

 百歩譲って、相手が男子だったらまだいい。

 男同士であれば目立つこともないし、周囲から奇異の目で見られることもない。

 だが、相手は女子……それも陽キャの女王、清野有朱ラムリーなのだ。

 清野と一緒に下校するということは、つまり、彼女と一緒に学校を出て街中を歩くということだ。

 その光景は、きっと清野を知っている人間の目にも留まることになる。

 歩きながら清野と君パンのことやVtuberのことを話して、どこかのオシャレなカフェで軽くお茶をして、それから、別れ際に「今日は楽しかったね。また明日、学校でね」なんて、名残惜しそうに言われるのだ。

 ……まぁ、後半はかなり盛ったけど、概ね間違いではないハズ。

 なにせこれは、いわゆる「陽キャ・リア充限定の異性との下校イベント」ってやつなのだ。

 どうやら僕は、遭遇確率が小数点以下の激レアイベントのフラグを立ててしまったらしい。

 別に引きたくも体験したくもなかったイベントなのに。

 こういう話って、ソシャゲでもたまにあるよな。

 別に欲しくないキャラだけど、無料10連だからやってみるかと引いてみたところ、提供割合数パーセントの激レアSSRが2、3枚引けてしまうヤツ。

 というか、清野は僕なんかと一緒に下校して嫌な気分にならないのだろうか。

 こんな中学生みたいな陰キャ男子と連れ立って歩いていたら、秒で噂になってしまうかもしれないのに。

 もしかすると、「清野有朱に恋人発覚!?」みたいなタイトルでゴシップ誌にスッパ抜きされてしまうかもしれない。

 そんなことになったら、芸能人・清野有朱にとって手痛いダメージになる。

 結論。

 やっぱり一緒に帰るのはやめることにした。

 言っておくが、これは清野のためなのだ。決して「女子と一緒に帰る勇気がない」とかそんなヘナチョコな理由ではない。

 今週は掃除当番じゃなかったので、授業が終わった瞬間にササっと教室を出た。気配を消して教室を出るのは慣れているので、誰も僕の存在に気づいていない。

 よしよし。このまま行けば清野に見つかることなく学校を脱出できる。

 そんなふうにほくそ笑みながら、昇降口にたどり着いたとき──突然背後から誰かがぶつかってきた。

「おうおうおう」

 ヤンキーみたいな絡み方をしてきたのは、清野だった。

「おいてめー、このやろ、なんだやんのかー?」

 多分、彼女なりに威嚇しているんだと思う。

 だけど、何だろう。全然迫力がない。

「あ、あの……?」

「言っとくけどなー、私は怒ってんだかんなー」

「え?」

「だっておめー、ひとりで帰ろうとしてただろー。私との約束ブッチするつもりだっただろー」

「あ……う」

「いいかー? 理由を教えないと、ここでファイティングだぞー」

 ぺちぺちと握りこぶしを手のひらにぶつける清野。

 うん。やっぱり全然怖くない。

 怖くないけど可愛くて悶絶死しそうなので、正直に答える必要があるな。

「いや……何ていうか……僕と清野さんが一緒に帰ったら……目立つかなって」

「……え? なんで目立っちゃだめなの?」

 清野の口調が瞬時にヤンキー口調から元に戻った。

「そ、そりゃあ、清野さんは芸能人だし……僕みたいな陰キャと一緒にいたら、悪い噂が広がるし……困るだろ? そういうの」

「なるほど。そっか、ふむふむ……」

 清野が納得したように何度も頷く。

 わかってくれたかと思った矢先、清野は勢いよく右手を挙げた。

「はいっ! 私、清野有朱ラムリーは、今から東小薗聡くんと一緒に帰ります!」

「……ヴォ!?」

 思わず吹き出してしまった。

「ちょ、何を言ってる!?」

「コソコソするより、大々的に宣言しちゃったほうがいいかなって」

「そ、そんなことしたら清野さんに変な噂が立つだろ!」

「そんな噂、勝手に立たせときなよ、you」

「……え?」

 あっけらかんとした表情で、清野は続ける。

「だって、私がヒミツにしなくちゃいけないのはオタク活動だけだし。誰と一緒に帰ろうと周りに文句は言わせないよ?」

 何という強さだろう。

 自分の意思を貫ける強さというか、批判をものともしない強靭さというか。

 これが僕にはない、陽キャの強さか。

 この強さがあれば、さぞかし生きやすいんだろうな。

「だから東小薗くんは気にする必要なんてないから」

「き、気にするよ。清野さんは……強いから、そんなことが言えるんだ」

「……え? 強い? でも私、この前の体力テストの総合評価Eだったよ? 全然強くない。というか、なんで今そんな話になるの?」

 それはこっちのセリフだ。

 強いっていうのは身体的なことじゃなくて、存在の話だよ。

 というか、総合評価Eって僕より酷いじゃないか。全種目最低レベルじゃないと取れない評価だぞ、それ。

「とにかく、私は東小薗くんと一緒に帰りたいの」

「う、ぐ」

 真剣な眼差しで言われて、軽く悶絶してしまった。

 そこまで言われて逃げ出すのは、さすがに罪悪感がハンパない。

 それに、ここまま問答を繰り返すのも良くない気がする。清野のこんなセリフを彼女のファンに聞かれたら、夜道で後ろから刺されかねない。

「わ、わわ、わかったよ。い、い、一緒に帰るから……っ」

 周りに聞かれないように、できるだけそっと小声で返した。

「それでよし」

 清野は聖女もかくやといった雰囲気で、満足そうに微笑んだ。

「それじゃあ、早速、行こっか?」

「え、行く? って、どど、どこに?」

「学校が終わって行くところといえば、あそこしかないでしょ?」

 そして、清野は慈しみ溢れる聖女の顔から一変させ、それはそれは悪そうにニヤリと微笑むのだった。