学校一の美少女がオタク系Vtuberをやっているのは、彼女の絵師(ママ)になった僕だけが知っている

 自分で言うのもアレだけど、僕は真面目な性格だと思う。

 例えばネットで買い物をする際は価格を徹底的に比較するし、家電製品の取扱説明書は隅々まで読む。

 契約書も最後の一文までしっかり確認するタイプだし、ネットで情報を調べるときもひとつの記事を鵜呑みにせずに、最低5箇所は回って真偽を確かめる。

 流石に冷蔵庫に入っている牛乳の注ぎ口を全部正面にしていたときは、姉に「サトりんって本当に几帳面だよね……」と呆れられたけど。

 まぁとにかく、今回はじめて使った「Make2D」アプリを短時間で使いこなせるようになったのはその性格のお陰だろう。

 1時間くらいネットを回遊してからチャレンジしてみたけど、すぐに髪の毛や衣装など動かすことができた。

 細かい所──例えば目を動かすために白目と黒目をバラバラにしないといけなかったり、髪の毛で隠れている肌の部分を描き直す作業は発生したけど、概ね問題はなさそうだった。

 この感じだと、清野の自宅にパソコンが届く頃にはアニメーションも完成してそうだ。

 これは清野に報告せねば──と月曜日に張り切って学校に行ったのだが、予期せぬ問題が発生してしまった。

 清野に避けられている……気がする。

 朝、昇降口で顔をあわせても全く絡んでこなかったし、英語の授業でプリントを配る際に後ろを向いた清野と目があったときは慌ててそっぽを向かれてしまった。

 もしかして、土曜日の僕のキモキモ行動を引きずっているのだろうか。

 いや、確かに自分でも引いてしまうくらいのキモ行動だったよ? だけど、月曜まで引っ張るネタでもない気がするぞ?

 もしかして僕の気の所為か? と思って、それとなーく声をかけようとしたけど、なんだか気まずくなってそのまま昼休みを迎えてしまった。

 うむ、自分でも嫌になるヘタレ具合だ。

 軽く自己嫌悪に陥りながら、マルチメディア室で黒神ラムリーの作業を続けようとパソコンの前に座ったとき、勢いよくドアが開いた。


「……」


 入り口で仁王立ちしていたのは、清野だった。

 だが、清野はいつもと違って今にも泣き出しそう……というか恥ずかしそうに顔を赤らめていた。

 何だ何だ。一体何があった。


「あ、ええと……こんにちは」


 困惑してしまった僕は、とりあえず挨拶をしてみた。

 清野が一瞬ビクッと身を震わせ──。


「お、おう。待たせたなぁ」


 唇を尖らせ、渋い声で返してきた。

 お前は潜入ミッションを得意とする某ゲームキャラか。

 というか、今日は何なんだ。行動・言動がおかしすぎる。

 ……いやまぁ、行動・言動がおかしいのはいつものことだけどさ。

 などと心の中でツッコミを入れていると、清野はするすると僕の隣にやってきて、モニターを覗き込んできた。


「……あ、ラムりんだ。もしかして、アニメーション作業をしてるの?」
「あ、いや、作業自体は家じゃなきゃできないから細かい修正っていうか、アニメーション用にイラストを描き直しているところなんだ」
「……へぇ」


 イマイチ理解していなさそうな生返事。

 会話がぶっつりと終わってしまった。

 何だか気まずい空気が流れ始めたので、僕は慌ててUSBメモリの中からとある動画を取り出した。


「そ、そうだ。ちょっとこれを見て」


 再生ボタンをクリックする。

 画面に黒神ラムリーのバストアップが表示され、首をかしげたり瞬きをしたりしはじめる。


「……え!? 何これ!?」


 驚嘆の声を上げる清野。


「え? え!? ちょ、ちょっとまって、ラムりんが動いてるんですけど!? ウソ!? もしかして、もう完成したの!?」
「これはリアルタイムに動かしてるんじゃなくて、確認用に書き出してきた動画なんだ。Make2DはVtuberキャラを作るだけじゃなくて動画を書き出すこともできるみたいだったから……」
「すごっ! そんなことも出来るんだ! というか、もうここまで作ってるってすごすぎない!?」


 目を輝かせる清野。

 ぎこちない空気はすっかり鳴りを潜め、いつもの清野らしさが顔を覗かせる。

 それを見て、ほっと安心する。


「大体の動きは作ったけど、まだ調整中なんだよね。もうすこし前髪とかサイドの髪を細かく動かしたり、体を動かしたりする予定」
「体? おっぱいとか?」
「……おっ」


 僕の目が自然と清野のDカップに吸い寄せられてしまったのは、不可抗力というやつだ。

 危うく胸を見ているのがバレそうになり、光の速さで視線をモニターに戻す。


「そ、そそ、そうだね。えと、そういった所を動かしたい……かな」
「うんうん! わかりみある! このラムりんイラスト、乳袋が尊すぎるからアピらないと可哀想だもんね!」


 乳袋。

 いや、乳袋って。

 僕もオタクの端くれなのでそういう表現は聞き慣れてるけど、清野の口から出てくると背徳感がハンパない。

 あの、できればもう2、3回くらい言ってくれませんかね?


「あ、そういえば連絡が来たよ」
「え? 連絡?」
「そう。パソコンの連絡」


 清野がポケットからスマホを取り出す。

 見せてくれたのは、家電量販店から送られてきたパソコンの発送が完了したというメールだった。

 到着予定は火曜日。


「……え、火曜日って明日? 随分と早いね」
「ね。私も驚いちゃった。火曜日にパソコンが届くなら、ラムりんのテスト配信は週末とかでいいかな?」
「そうだね。それくらいならキャラのモーション作業も終わってると思う。けど……パソコンの配線とかは大丈夫?」
「ん? ん〜……やったことないけど、ネットで調べながらやるから大丈夫だと思う」
「わかった。でも、何か困ったことがあったらいつでも連絡して。すぐに助けに行くから」
「……っ!」


 と、なぜか清野は驚いたように目を見開いて、顔を赤くした。


「……? ど、どうしたの?」
「あっ、いや、なんでもない。あ、えと、ありがとうね、東小薗くん……」


 そして、なぜか立ち込める気まずい空気。

 何だ何だ!? 何か地雷的なものを踏んでしまったか!?

 でも、困ったら助けるって言っただけだし、むしろ喜んで欲しいんだが!?


「……あ、そうだ!」


 そんな重い空気を断ち切るような、清野の元気な声。


「ねぇ、東小薗くん。今日、一緒に帰らない?」
「ふぁ!?」
「だってほら、昨日放送の君パン最新話について語り合わなきゃでしょ?」
「あ」


 そうだ。黒神ラムリーのことで頭がいっぱいだったけど、昨日は君パンの放送日だった。

 今回も控えめに言って最高だった。
 
 主人公のヒロとかすみたんが休日にデートをすることになり、なんだかんだで少しだけ距離が近くなる……という展開のエモさがやばかった。


「……距離が近くなる、か」


 ふと、僕の頭に土曜日の件が頭によぎってしまった。

 僕たちも似たようなことをしたけれど、ヒロたちみたいに距離が近づくという展開にはならなかった。

 まぁ、現実はアニメのようにうまく行くわけがないってのは解ってるから良いんだけどさ。

 …………って、何を言ってんだ僕は!

 何を期待してるんだよ!?


「ね? どう?」


 清野がヒョイと顔を覗き込んできた。

 ドキっとしてしまった僕は、慌てて何度も頷く。


「あ、ええと……うん、わかった」
「……よしっ」


 清野が小さくガッツポーズをした……ような気がした。

 え? なんでガッツポーズ? もしかして、僕と一緒に帰るのが嬉しいのか?

 などとキモいことを考えている僕をよそに、何事もなかったかのように黒神ラムリーの動画を観始める清野。

 はい、完全に自意識過でした。

 今すぐ消えてなくなりたい。


+++

 
 清野と君パンや、最近配信を休んでいる「猫田もぐら」ちゃんのことを話しながら帰った翌日。

 今日は清野の家にパソコンが届く日──だったが、生憎、清野はモデルの仕事で学校を休んでいた。

 一応、配線のことをメモをしてきたので渡そうと思っていたのだけれど、仕事なら仕方がない。

 ということで、放課後は足早に自宅に戻り、作業に没頭することにした。

 週末のテスト配信に間に合わせるために、急ピッチでキャラを完成させないといけないのだ。

 デリバリーサービスで僕と姉の夕食も頼み、部屋にこもってMake2Dの作業をやっていると僕のスマホが小さく震えた。


『タスケテ』


 清野からのLINEだった。

 ああ、これはトラブってるな。

 そう思った僕は、すぐに返信する。


『何かあった?』
『うまく出ない』


 続けて清野から送られてきたのは、君パンのかすみたんが泣いているスタンプ。

 君パンスタンプを持ってるとは、流石は清野だ。

 僕もすかさず、かすみたんの「しっかしりなさい!」スタンプを返してから返信する。


『出ないって、モニタに画面が出ないってこと?』
『うん。線が多すぎてわけわからん。ネットで調べたんだけどHDなんとかとか、DPとか複雑すぎる!』


 ああ、やっぱりか。

 メモを渡しておけばよかったと後悔しつつ、返信する。


『HDMIケーブルだと60FPSまでしか出ないから、ディスプレイポートでモニタとつなげるといいよ』
『えいちでぃーえむかい?』
『エイチディーエムアイ。モニタとつなぐケーブルの名前』
『わたし、エイチ、エム、わからない』
『HDMIのことはわからなくていいよ。使うのはディスプレイポートのほうだから』
『モニタ、ディスプ、ポー、つなぐ』
『ディスプレイポートな』
『わたし、ちょと、わからない。かゆ、うま』
『わからないからって、いきなりゾンビになるなよ』
『お、欲しいと思ったツッコミをくれる〜』


 すぐに君パンの主人公ヒロがにこやかにサムズアップしているスタンプが貼られた。

 そこで僕はLINEを閉じる。

 そして重〜いため息をひとつ。

 あいつ……絶対何も困ってないだろ。