学校一の美少女がオタク系Vtuberをやっているのは、彼女の絵師(ママ)になった僕だけが知っている

 勢いのまま飛び出した僕だったが、すぐに失敗してしまったことに気づいた。

 清野の元に向かったとして──どうやって助けるつもりなんだ?

 清野を取り囲んでいる男は、ざっと見て4人。

 これがラノベやアニメなら、今まで隠していたチート能力が覚醒して男どもを叩き伏せるみたいな神展開が期待できるけど、そんな能力なんてあるわけがない。

 僕が「清野からその汚い手を離せ!」なんて怒鳴りつけたところで素直に聞いてくれるわけがなく、逆にボコられて終わりだろう。

 だとしたら僕にできるのは他人に頼ること。

 だけど、近くに頼れる人間なんていない。

 あれ? これって、ヤバいんじゃね?


「……」


 などと考えていると、清野の元に到着してしまった。

 よりによって、清野と彼女の腕を掴んでいる男の間に割り込む形で。


「……何だお前?」


 清野の腕を掴んでいた男が怪訝な顔をした。

 サングラスに白のキャップ、緑のトレーナー。首には金のネックレスをしている。

 これはあれだ。陽キャどもがよく着てるストリート系ファッションってやつだ。

 雰囲気だけで、すでにメチャクチャ怖い。


「あ……え、と」
「……あ、こいつ、知ってますよ」


 と、グラサン男の隣にいた爽やか青年が口を開く。


「俺と同じ学校で、有朱ちゃんと同じクラスのヤツっス。前に有朱ちゃんと一緒にいる所、見たことあります」
「……っ!?」


 びっくりすぎて心臓か口から出てきそうになった。

 か、顔が割れてる!?

 どういうこと!? もしかして、昇降口で清野と一緒にいたのを見られたのか!?

 完全にテンパってしまった僕の顔を、グラサン男がまじまじと見つめてくる。


「一緒にいたって……もしかして、有朱ちゃんの彼氏?」
「いやいや、絶対ありえないスよ。同じクラスだから一緒にいただけだと思いますよ?」
「そりゃそうか。見た目からして絶望的に釣り合ってねぇしな。てか、友達は選んだほうがいいよ、有朱ちゃん? センスが疑われるからさ?」
「……ぷっ」


 グラサン男に続き、周りにいた男たちも失笑した。

 なんだか既視感があると思ったのは、昔からこんなふうに冷笑されることがあったからだろう。

 こういうときに僕が取るべき行動は「そうですよね〜」なんて愛想笑いを浮かべてすごすごと立ち去ること。

 だけど──そのときの僕は違った。


「……ぼ、僕のことは別に良いですけど、清野のことは悪く言わないでもらえますか?」


 僕は自分の口から出てきたセリフに度肝を抜かれてしまった。

 ちょっと待て。何を言ってるんだ東小薗聡。

 そんなことを言ったら、死んじゃうよキミ。


「きっ、清野が誰と仲良くしようと勝手でしょう。あ、あなたにとやかく言われる筋合いはないですよ」


 しかし、必死に抑えようとしても、僕の口からは壊れた蛇口のように強気な言葉がとめどなく溢れ出す。

 自分の口から放たれる言葉が、自分の物とは思えない感覚があった。

 多分、僕は怒っていたのだろう。

 清野を馬鹿にされて、僕は頭に血が登っていたのだ。


「……お前」


 グラサン男の空気が、ピンと張り詰めた。

 これは殴られるかもしれないと思った。

 こんな怖そうな肉食獣みたいなヤツに、僕みたいな小動物が歯向かえばどんな結末が待っているかは自明の理。

 僕は覚悟を決めて歯を食いしばる。

 だが──。


「……ウソ、マジで? ホントに付き合ってんの? リアルに?」


 グラサン男が僕に放ったのは硬い拳ではなく、素っ頓狂な声だった。


「冗談だろ?」
「マジ?」


 そして、ざわざわと周りの男たちがざわめき出す。

 何だかよくわからないけど、彼らは動揺しているようだった。

 逃げるなら今しかない。

 そう思った僕は、咄嗟に清野の手を取る。


「行こう。清野さん」
「……え? あ、う、うん」


 グラサン男の手を振りほどき、男たちの輪からするりと抜け出した僕たちは、改札口方面へと向かった。


「……あ、おい、ちょっと待て」


 背後からグラサン男の声がした。

 だが僕は足を止めることなく、清野の手を握ったまま一心不乱に逃げた。

 丁度電車が到着したのか、大勢の乗客が改札から出てくるのが見えた。

 その波にまぎれるようにして、改札口を通り過ぎる。

 中央改札口から東西連絡通路を通って、西側の電気街口に。

 連絡通路を出た瞬間、きらびやかなネオンと巨大な「君パン」の看板が目に飛び込んできた。

 見慣れた君パンのかすみたんを見て、ようやく張り詰めていた緊張の糸が少しだけほぐれたような気がした。


「あ、あの……東小薗くん」


 清野の声。

 その声で、僕ははっと我に返った。


「あっ、ごっ、ごご、ごめん」


 清野の手を握っていたことに気づき、慌てて手を離す。


「えと、その……清野さんを助けるには、こうするしか無いって思って……」
「……」


 清野はうつむいたまま、何も返してはこない。

 すっと顔から血の気が引いてしまった。

 ああ、これはやらかしてしまった。

 いきなり手を握ったり、「誰と仲良くしようと勝手だろ」みたいな勘違い発言したり、ドン引きされて当然の行為だろ。

 そう思ったのだが──。


「……あ、あの、ありがとうね東小薗くん。その……助けてくれて」


 うつむいたままの清野の口から放たれたのは、僕を軽蔑するような言葉ではなかった。


「あの人たち、ちょっと怖かった……」


 ふと見た清野の手は、はっきりとわかるくらいに震えていた。

 清野が小さく鼻をすすり始める。

 え? もしかして、泣いてる?

 これはちょっとマズイんじゃないだろうか。

 通行人がちらちらこっちを見てるし、絶対僕が泣かせたみたいに見られてる。


「あ、あの……む、向こうの駅前広場に座れるところがあるから、少しそこで休もうか?」
「……」


 清野が、こくりと小さく頷く。

 僕はそんな彼女を先導するように……というか、どういう対応をすればいいかわからず、とりあえず歩き出した。

 こういうとき、何と声をかければいいのだろう。

 気遣って「大丈夫?」って言うのも的外れな気がするし、だからといって「もう平気だよ」っていうのも無責任な気がする。


「あ、う〜……ええっと、今度からトイレに行くときは一緒に行くことにする……から」


 熟考に熟考を重ねた結果、僕の口から出てきたのはそんなバカみたいな宣言だった。

 清野がパッと顔をあげ、一瞬だけ驚いたような顔をしてから、困ったように笑った。


「ふふ、なにそれ」
「……っ!」


 光の速さで僕の顔が熱を持つ。

 うおおおおお! お前は馬鹿か!

 なんだよ一緒にトイレに行くって! 

 女の子と連れションなんて行けるわけがないだろ! 

 ──いや、ツッコむべきところはそこじゃないんだけどさ!

 ああ、もう! 見てみろ、清野が失笑してるじゃないか!


「と、とにかく、行こう……」
「え? トイレに?」
「っ!? ち、ちがうよ!」


 食い気味にツッコミを入れてしまった。

 んなわけないだろ。どんだけトイレが近いんだよ。

 コイツの言葉は冗談なのか天然なのか、まったくわからん。

 でもまぁ──と、笑う清野を見て思う。

 バカみたいなセリフを吐いてしまったのはやらかし案件だけど、おかげで微妙だった空気がすこし和らいだから、今回は良しとしとこうか。