駅前にある大手家電量販店のパソコンフロアにやってきた。

 秋葉原の家電量販店には、パソコン専門店のBTOパソコンが数多くそろっている。とりあえずここで触ってみて、気に入ったものがなければ直接専門店に行ってみてもいいかもしれない。


「うわぁ……なんだか、すごいね!」


 フロアに来た瞬間、清野の目がらんらんと輝きはじめた。

 この程度ではしゃぐなんて子供だなぁ〜と思ったけど、清野よりも先にゲーミングパソコンコーナーに行きそうになってしまった。

 この店は7階すべてがパソコンフロアなのだけど、ゲーミングPCコーナーやe-sports専用のコーナーも用意されていてワクワク感がハンパない。


「ねぇ、東小薗くん! どれを買えばいいのかな!? とりあえず手当たりしだいに触ってみる?」
「あ、ちょっと待って。念のため、最近話題になってるFPSゲームをプレイするための必要スペックをメモしてきたんだ」


 僕はポケットの中からメモ帳を取り出す。


「特に気にするべき箇所は、CPUとグラフィックボード……あとはメモリなんだけど、メモリは容量だけじゃなくて速さも重要らしいんだよね」
「うわっ、すっご! 文字ぎっしり!」


 メモを覗き込んだ清野が驚嘆の声をあげた。

 これは軽く引かれてしまったか。

 清野がやりたいと言っていたEFMをはじめ、他の有名なFPSゲームを一通り調べてきたので、文字だらけになってしまったのだ。


「これ、全部メモしてきてくれたの?」
「う、うん。思いつくところを羅列しただけだけど、買ったけどゲームが動きませんでしたじゃ困るから……」
「ありがとう! さすが東小薗くん! イラストの描き込みもすごかったし、そういう細かいところに気がつけるのってホントにすごすぎるっ!」
「……っ」


 ちょっと驚いてしまった。

 引かれるならまだしも、まさか褒められるなんて。


「と、とにかく、ここに書いてるもの以上のマシンスペックがあれば大丈夫なんだけど、あとは清野さんがやりたいことでカスタマイズしたいんだ」
「やりたいこと?」
「うん。例えば、パソコンでアニメとか映画のDVDを観たい派?」
「あ〜、ん〜……観たいかも」
「だとしたらDVDドライブかブルーレイドライブも必要になるね」
「え? DVD観なかったら必要ないの?」
「そうなんだ。昔はOSをインストールするために必要だったみたいだけど、今はダウンロードが主流だから」
「……あ〜、ね」


 深々と頷く清野だったが、理解していないのがありありと分かる。

 まぁ、詳しいことは知る必要ないからいいけど。


「あとはキーボードとかマウスだけど、普通のにする? それともゲーム用にする?」
「ゲーム用って何か違うの?」
「一番大きい違いは『読み取り精度が高いこと』かな。マウスが細かい動きを察知してFPSをやるときに有利になるんだ。他の違いは軽かったり、ボタンがいっぱい付いてたり……キラキラ光ったりする」
「え、光るの? 光るのエモいね! それにする!」


 決め手はそこかよ。

 まぁ、キラキラ光るのカッコいいもんな。

 光るのが好きなら、キーボードもゲーミングキーボードのほうが良さそうだな。

 次はキーボードコーナーにでも行くか。

 ──と思っていたら、清野が展示されているモニタの前で立ち止まった。


「あ、そういえばモニタも無いんだった。専用のやつ買わないと。大きいこれがいいかな?」
「ん〜、買うならそれよりこっちのほうがいいかな」


 僕は清野が見ていたモニタのとなりにあったゲーミングモニタを指差した。


「……? 何が違うの? 同じに見えるけど」
「配信だけじゃなくてFPSもやりたいって言ってたから、最低でも144Hzのゲーミングモニタにしたほうがいいと思う」
「……? 144だと何か良いことあるの?」
「簡単に言うとヌルヌル動いて操作がしやすくなる」
「ヌルヌル……なんだかエッチな表現だね」
「……っ!?」


 ムフフと笑う清野を見て、思わず吹き出しそうになってしまった。

 急に何を言い出すんだコイツは!?


「え、ええと、ヌルヌルっていうのはわかりやすく言うと、テレビのアニメと劇場用のアニメの違いって感じかな。ほ、ほら、劇場用のアニメのほうがなめらかに動くでしょ?」
「あ、それはわかる! 劇場用アニメって、なんていうかヌルってるもんね! ヌルっていうか、ニュルっていうか」
「……」


 すまん。自分から言い出しておいてアレだけど、ニュルってるという表現は少々アウト感があるぞ。清野の口から出ると、余計に。


「だけど、なんでテレビアニメと劇場用アニメってあんなに違うんだろう?」
「あれは1秒間に表示している絵の枚数が違うからなんだ。確かテレビアニメは1秒間に9枚で、劇場用は12枚とか24枚とかだったと思う」
「へぇ! そうなんだ! 全然違うね! ていうか、東小薗くんって聞いたらなんでも答えてくれるじゃん。すごすぎるんだけど」
「い、いや……そんな別にすごいことなんて」


 すごいだなんて言われたことがなかったので、恥ずかしくなってしまった。

 僕は昔から気になったことは徹底的に調べてしまうタイプなのだ。だから普段の生活に役に立たない知識ばっかりが増えている。


「じゃあ、モニタは144のやつにするね。……あ、でも値段がちょい高だね」
「あ、ごめん。値段のことは全然考えてなかった。もしキツかったら、すこしインチ数を落としたやつでも──」
「ううん、平気平気。だって私……今日はお金あるおじさんだから」


 清野がすっと目を細めてほくそ笑む。

 なんだよお金あるおじさんって。大人のお店で女の子をはべらせてるオヤジかよ。

 そんな金満オヤジになった清野が続ける。


「そこのボクちゃん、生活に困窮してるなら、ラムりんおじさんが養ってあげようか?」
「…………い、いいです」
「え、何、今の間。もしかして心がぐらついちゃった?」
「そっ、そんなわけないだろっ!」


 僕は逃げ出すようにキーボードコーナーへと向かう。

 そんなくだらない会話をしながら、僕たちの買い物は続くのだった。