「ねぇねぇ、東小薗くん」

 食前のケーキをまたたく間に平らげた清野が、フォークでくるくるとパスタを巻きながら尋ねてきた。

「次はどうする?」

「……つ、次!?」

 つい、飲んでいたコーラーを吹き出しそうになってしまった。

 まさかこいつ、さらに過激なことをやるつもりか──と思ったけど、全然違っていた。

「ほら、Vtuber活動を始めるには、あのぎゃんきゃわイラストを動かさないとだめでしょ? イラストが完成した次はどうしよう?」

「……あっ」

 そこで僕はハッと気づいた。

 そうだ。あ〜んのこと……じゃなくて、イラストのことばかり考えていたけど、清野に頼まれたのは「ママになって」だった。

 つまり、イラストを描くだけじゃなくイラストを清野の動きに合わせてアニメーションさせる必要があるのだ。

 以前に少しだけやり方を調べたことがあるけど、確か専用のアプリを使ってイラストを動かすんだっけ。

「ええと……多分、次はイラストを2Dアニメーション化させる必要があると思うんだけど……」

「アニメーション化?」

「2Dのイラストを3Dみたいに動かすんだ。清野さんが右を向いたらキャラも右を向く……みたいに動きをつける必要がある」

「あ〜、なるほど。てことは配信するときに体に何か機械を付けたりするのかな?」

「確か今はweb用のカメラを使ってトラッキングしてるはずだと思うけど」

「トラ? キ?」

「webカメラに映る清野さんの実際の動きとイラストの動きを連動させるってこと」

「…………あ〜、そういうことね。完全に理解した」

 うんうん、と頷く清野。

 ベタベタだけど、これ絶対わかってないだろ。

 僕は嘆息まじりで続ける。

「やり方は多分それであってると思うけど、あんまり詳しくないから調べないと」

「え? もしかして、東小薗くんもやったことがない作業?」

「うん。僕も実際にやるのははじめてかな」

 経験はないけど、一発ポンでできる作業ではないということは想像できる。

 イラストの動かす部分を分解して、手作業でひとつひとつ動きを付けていく必要があった気がする。

 髪の毛ひとつにしても、前髪を一房づつバラバラにしないといけないし、事前準備のイラストの分解作業だけでも結構な作業になりそうだ。 

 しかし、すごく面白そうではある。

「ん?」

 ふと、清野が心底失敗したといいたげに、しょげこんでいることに気づく。

「ど、どど、どうしたの?」

「私……てっきりイラストが出来たら、あとは簡単かなって思ってたんだ。でも、東小薗くんでも経験がない作業があったなんて……」

「あ、いや、まぁ」

「もし面倒だったら、断ってくれて全然大丈夫だからね?」

 清野がズイッと体を乗り出してくる。

「あとは私がなんとかやってみるから。あ、もちろんイラストを描いてくれた分のお礼はするし──」

「いやいや、何言ってるんだよ。もちろん最後まで手伝うに決まってるだろ」

 思わず清野の話を遮ってしまった。

 清野が言葉を飲み込んで、目を丸くする。

 それを見て、僕はまたキモいことを言ったことに気づいた。

「あ、ええと、その、ち、違うんだ。何ていうか……僕が描いたイラストが実際に動いて、清野さんの分身になるところまで見届けたいっていうか……乗りかかった船だし、最後まで付き合わせて欲しい……っていうか」

「ホ、ホントに?」

「う、うん」

「やってくれるの!?」

「うん、やる。逆にここでやめるのは気持ち悪いし」

「……ありがとうっ! 東小薗くんっ!」

「へっ……!?」

 またしても抱きついてこようとした清野だったが、テーブルの反対側にいるのでそれは叶わず、代わりに両手をギュッと握ってきた。

「え、ちょ、清野さん!?」

「わ、私っ、イラストは全っ然協力できなかったけど、パソコンだったら使えるし、色々やるからっ! とりあえず……ええと、ネットで色々調べてみる!」

「わ、わわ、わかったから!」

 僕は慌てて清野の手を振りほどく。

 そして、僕は心を落ち着けようとドリンクをぐいっと煽った。

 炭酸ガッツリのコーラだということを忘れて。

「……ブグっ!?」

 喉が殺人的な痛みが走って、危うく清野の顔に吹き出すところだったが、なんとかそれだけは我慢した。

「ちょ、東小薗くん!? 大丈夫!?」

「ゲホッ……ご、ごめん。平気……ありがとう」

 本当は色々と大丈夫じゃないけど。

 慌てて手拭きを渡してくれた清野の優しさが、何だか辛い。

 クソ、一体何をしてんだ僕は。やらかしすぎだろ。

「あ、あの、僕もお姉ちゃんに色々と聞いてみる……から」 
 
 コーラが漏れ出しかけている口を吹きながらそう続けた。
 
 やり方をネットで調べてもいいけど、姉に聞いたほうが早いかもしれない。なにせ姉は、猫田もぐらのママなのだ。

「あ、そうだ、東小薗くんのお姉さん、プロのイラストレーターだったよね。確かにプロだったら色々知ってるかもしれないねっ!」

 清野の目がキラキラと輝く。

 それを見て、一抹の不安を覚えてしまう。

 まさか「お姉さんに会わせて」とか言わないよな? 

 言っとくけど、どんなにお願いされても絶対に会わせないぞ? 身内としてあの姉に会わせるのは恥ずかしすぎるし。

 胡乱な目で清野を見る僕をよそに、清野は何度も頷きながら続ける。

「……うん、うん、なんだか行けそうな気がしてきた! よしっ! 楽しみにしててね! 東小薗くんが言ってくれてた『私の魅力』……一番近い場所でみせてあげるから!」

「……っ!?」

 その言葉で、僕はハッと思い出す。

 そう言えば、昼間に徹夜のテンションでとんでもなく恥ずかしいことを言わなかったか?

 ギャップがあるのが清野さんの魅力だ──とかなんとか。

 うごごごご……!

 それは、うごごごごすぎる発言だぞ。

 やっぱり徹夜なんてやるもんじゃない。今日はいつも以上にやらかしすぎている。

 ああ、もう嫌だ! 今すぐ穴の中に埋められたい!

 そして、未来永劫そこで暮らしたい!

「それじゃあ改めて、これからもよろしくね……ママ?」

「は、はい……こちらこそ、よろしくおねがいします」

 清野が差し出してきたコップに、僕は恐る恐る自分のコップを当てた。

 そうして僕は、引き続き清野のVtuber活動を手伝うことになったのだった。