その考えが頭から離れず残りの展示コースを回って、広報資料館を出ると道中のタピオカドリンク店に入ると南国特有のスコールが降ってきて止むのを待つ間、夏帆は優の話しに耳を傾ける。
「――中学を卒業すると海軍兵予科学校に進んで、卒業したらそれぞれ機関学校、経理学校、そして兵学校の海軍三校に行くんだ。僕の家は軍人の家系だから親戚に軍人も多いんだ……今居候させてもらってる家の叔父さんも実は陸軍の歩兵将校さんだったんだ」
 優はタピオカミルクティーを時折啜りながら話す、凪沙たち四人は察して気遣ったのか二人とは離れた四人席に座ってる、夏帆は恐る恐る踏み入るように訊いた。
「水無月君も、高校卒業したら……海軍兵学校に行って海軍士官を目指すの?」
 優は憂い気な笑みになり、穏やかだけど口調が重くなったような気がした。 
「そう期待されてる……兵予学校を受験するって決まった時も親戚みんなが応援してくれた。妹や母さん、特に父さんも期待しててね……家に居づらくなっちゃった」
 期待に応えられず受験に落ちてしまい、いたたまれずに家の出たのだろう。
「水無月君……」
 夏帆はかける言葉が見つからないことにもどかしさを感じ、何もできない自分が嫌になる。水無月君、周りの期待に応えられなかったことを悔やんでるのかもしれない。
 その瞬間、夏帆は理解し、そして心に重くのしかかる。

 例えあたしにとってこの限りなく現実に近い異世界でも、この世界に暮らしてる人たちにとっては現実そのもの、だからみんなそれぞれ悩みや葛藤、苦しみを抱えて生きている。
 
 そして……あたし自身も後悔を背負って生きている。
 美由ちゃん……妙ちゃん……夏帆はタピオカドリンクを握るカップに力が込められると、重苦しい空気に不似合いなほどのスマホの通知が鳴る。
 誰だろう? 夏帆はショルダーバッグからスマホを取り出し、チェックすると思わず表情が綻ぶ。
『久し振り! こっちは相変わらずだよ、夏帆ちゃんがいないの寂しいけど安心した! ちゃんと心から笑ってるねって妙ちゃんもホッとしてたよ』
 美由からだ、しかも妙子と一緒に笑顔で映ってる写真と一緒に送ってきた。背景にはよく一緒に遊んだ繁華街の中心部にある公園で、二人ともタピオカドリンク持ってる。
 思わず微笑むと、優は穏やかに微笑んで訊く。
「内地の友達?」
「うん……一年で転校するのわかってたから、ふてくされて、素っ気ないあたしをあの二人は手を引っ張って、眩しくて、暖かい青空の下に連れ出してくれたの……今思えば本当に楽しかったわ……本当は沢山ありがとうって言うべきだったの」
「……今度会ったら、ちゃんと言わないといけないね。凄く恥ずかしくて照れ臭いけど、大事な勇気だから」
 その言葉はなんとなく優自身にも言い聞かせてるように聞こえた。水無月君は誰に何を伝えたいんだろう?

 夕暮れ時になって一日が終わり、敷島電鉄に乗って帰ると解散は南敷島中央駅だ。そこからそれぞれ自転車やバス、汐ノ坂電鉄に乗って帰る予定で凪沙は満足げだった。
「ああ楽しかった、みんなまた月曜日にね」
「私たちは汐電に乗って帰るから、香奈枝ちゃんたちも帰りは気を付けてね」
 ミミナも楽しく遊んで疲れた様子だったが、体格のいい喜代彦は数倍疲れた様子で青褪めて口から魂が出てきそうな様子だった。
「うん……色んな意味で長い一日だった」
「あははは喜代彦、あんた今日醜態晒しまくったからね」
 香奈枝は苦笑する。改札口を通ると解散で向こう側には迎えに来てるのか帰りを待ってる人々もいた。夏帆は名残惜しさを感じながら、またみんなと行きたいなと改札口を通ると、オープンフェスティバルの告知ポスターが目に入る。
 そういえば敷島市のあちこちで祭の準備をしてるのをチラホラ見かけたのを思い出す。
「ねぇ水無月君――」
 夏帆は優の横顔に目を向けた時、優の表情は険しく鋭い眼差しで見つめていた。
「水無月君?」
 夏帆は視線をトレースするとその先にはスマートで体格のいい海軍士官が立っていた。
 年齢は四〇代後半くらいだろう、彫りの深い顔立ちに鋭い眼光はどこか優に似ていて、真っ白な海軍の制服を一切の乱れなく身を包み、軍帽をきっちり被り、しかも腰に短剣を身に付けてる――広報資料館でも見た第二種軍装だ。
 優は無言で彼の下に歩み寄って立ち止まると、物怖じする様子もなく口を開く。
「父さん」
「優、中学の卒業式以来だな。随分と髪が長くなってまるで与太者だぞ」
 優の父――海軍大佐と言ってた人は威厳のある眼差しとバリトンボイスは厳格な父親そのものの声で、夏帆は思わず蛇に睨まれた蛙になった気分だったが一礼すると、水無月大佐は眼差しと表情が一瞬だけ穏やかなものになって自分とみんなに一礼してくれた。
 だが、次の瞬間には軍人特有の威圧的なオーラを放ちながら優に訊く。
「今日は友達と遊んでたのか?」
「遊びに行こうって誘われた。ちゃんと勉強もやってるし稽古もサボってない」
「だがこの前、水産高校の子たちと喧嘩したそうだな」
 水無月大佐の声は決して大きくないが、静かに厳しく追求し、咎めていて優は静かに言い訳する様子もなく、父親の言葉を受け止めてる様子だ。
「反省してる、父さんはこれからまた任務?」
 優はどこか刺々しい口調で頷くと、水無月大佐は首を横に降る。
「いや明後日、空母信濃に乗るが今夜は叔父さんの家に泊まる――」
 水無月大佐の威厳ある声が微かに柔らかくなった気がし、優の横顔も微かに綻んだが。
「――そして朝一番に家を出て基地に向かわないといけない」
 すぐにそれが幻だったように、綻んだ表情を押し殺して前にも増して寂しさも入り雑じった険しい表情になっていた。
「水無月君……」
 夏帆は唇を動かすだけの声で呟く、やっぱりお父さんと何かあったんだろう。