「はっ、はっ、はっ……!」

 フィアは走る。
 薄暗い屋敷の中を一生懸命走る。

 息が切れる。
 脇腹が痛くなる。
 酸素が足りず頭がぼーっとする。

 当たり前だ。
 フィアは特別優等生というわけではなくて、運動が得意でもない。
 侍女として最低限鍛えているものの、戦闘メイドなどとは異なるため、ずっと走り続けることなんてできない。

 それでも、フィアは走り続けた。

「誰……かっ……!」

 足がふらついてきた。
 それでも前へ向かう。

「助け、て……!」

 ふらふらだ。
 今にも倒れてしまいそうだ。
 でも、歩みは止めない。
 一刻も早く外に出て、助けを呼ぶために……
 シャルロッテに託された役目を果たそうとする。

「助けて……くだ、さい……!!!」
「任せて」
「……あ……」

 ふと、フィアは抱きとめられた。

 アラムだった。
 フィアが倒れないようにしっかり支えて、優しい笑みを向ける。

「大丈夫?」
「は、はい……ありがとう、ございます……」

 アラムの優しい笑みに安心して、フィアは気を失いそうになる。
 でも、なんとか我慢した。

 まだ終わっていない。
 なにも終わっていない。
 シャルロッテを助けて、そこで初めて終わりなのだ。

 気を引き締める。

「今、治癒魔法をかけますね。少しは楽になると思います」
「あと、ポーションも飲んだ方がいいわ」
「ありがとうございます」

 エリゼとアリーシャのフォローのおかげで、フィアはだいぶ落ち着くことができた。
 疲労と焦りなどで意識が途切れそうになっていたものの、今はものを考えられるくらいに回復した。

「あ、あのっ……お願いします、お嬢様を助けてください!」
「お嬢様というのは、シャルロッテ・ブリューナクさんのことかしら?」

 アラムが小首を傾げる。
 レンを手伝うためにやってきたものの、彼女達がどのような状況に置かれているのか、その詳細はわからない。

「お嬢様の父親が犯人で、復讐を企んでいて、そのためにお嬢様を犠牲にしようとしていて……」

 まだ混乱していた。
 あたふたとした様子で言葉を並べるフィアをアラムは軽く抱きしめる。

「大丈夫、落ち着いて」
「……あ……」
「詳しいことは後で聞かせてもらうわ。それよりも、今はシャルロッテさんのことを教えて。彼女はどこに?」
「は、はい。この奥で……」
「娘ならここだよ」

 男の声が響いた。

 アラム達が慌てて振り返ると、広い廊下の先にエイルマットの姿があった。
 いや、彼だけではない。
 エイルマットの後ろに巨人……ゴーレムがいた。

 さきほど遭遇したゴーレムと比べると一回り小さく、スマートだ。
 ただ、その中央に棺のようなものが収められていた。
 隙間から中が見える。

「お嬢様!!!」

 中にシャルロッテが収められていた。
 意識がない様子で目を閉じている。
 ただ呼吸をしている様子はあり、死んでいないことはわかる。

「フィアさん、あれは……?」
「お嬢様を取り込んだゴーレムらしいですけど、詳細は……」
「なるほどね」

 アラムは動揺することなく、むしろ不敵な笑みを浮かべてみせた。
 本来の優しい性格を取り戻した彼女ではあるが、根本的なところは勝ち気で強気なまま変わっていないのだ。

「要するに人質というところかしら?」

 アラムの言葉にエイルマットは楽しそうに笑う。

「人質? そんなものではないよ。娘は生体ユニットとして、このゴーレムを最強の存在に……」
「どうでもいいわ、あなたの話なんて」

 アラムは携帯用の杖を取り出した。
 その先端をゴーレムに突きつける。

「私達がやるべきことは、とても簡単なこと。そのゴーレムを行動不能にして、シャルロッテさんを救出して、それからゴーレムを完全に破壊する。ああ、それと、あなたを気の済むまで殴らないといけないわね。大事な弟の友達に手を出したんだもの、許せないわ」
「な、なんだかお姉ちゃんがとても男らしいです……」
「エリゼ、そこは凛々しいとかかっこいいとか言ってほしいわ」
「り、凛々しいです!」
「そうね。そして、あたしもその意見に賛成」

 アリーシャも腰の剣を抜いた。
 続けて、エリゼも携帯用の杖を取る。

 視線は前。
 その状態で、エリゼはフィアに声をかける。

「フィアさん、戦いましょう」
「え」
「私達、がんばってお手伝いします。だから……一緒に戦いましょう」
「……はい!」

 絶望に打ちひしがれていた少女は、もういない。

 アラムに立ち上がる力をもらい。
 アリーシャに勇気をもらい。
 エリゼに優しさをもらった。

 これで十分。
 戦うことができる。
 そう。
 自分の手で大好きな人を取り戻すのだ。

 フィアも携帯用の杖を取り出した。

「お嬢様……今、助けます!」