「……なんですって?」

 予想外の要求に、シャルロッテはついつい間の抜けた顔をした。

 命が欲しい、とエイルマットは言う。
 そのことについて、シャルロッテはさほど不思議に思わない。

 シャルロッテはブリューナク家の娘。
 そして、エイルマットを追放した母親の娘。
 恨まれていたとしても不思議ではない。

 ただ、エイルマットの言い方が気になる。

 彼の口調から憎しみは感じられない。
 むしろ愛を感じた。

 シャルロッテにとってはおぞましい話なのだけど……
 父親がなにを考えているのか、さっぱりわからない。

「お嬢様」

 シャルロッテを背中にかばい、フィアが前に出る。
 なにがなんでも彼女は守る。
 そんな強い決意を感じた。

「お父様、あなたはなにが目的なのですか?」
「うん?」
「わたくし達を誘拐して、その命が欲しいと言い……わたくしには、あなたがなにを考えているかさっぱりわかりません」
「おや? おかしいな。我が娘はそこまで察しの悪い子だっただろうか? もっと聡明な子だと思っていたのだけど……ふむ。しばらく会っていないから、変わりもするか?」
「お父様!」
「ああ、いや。すまないね。はぐらかしているつもりはないんだよ」

 エイルマットはへらへらと笑う。
 命を欲しいと物騒なことを口にしておきながら、その態度はとても気軽なものだ。

「僕の目的は簡単だよ。復讐さ」
「復讐?」
「ブリューナク家当主の座を引きずり下ろされて、辺境に追放されて、軟禁。こんなひどい扱いを受けておいて、笑顔でいられると思うかい? 思わないよね。いつかあの女を見返してやろうと、今までコツコツと準備を重ねていたのさ」
「そんなもの……お父様の自業自得ではありませんか!」

 母を裏切り。
 民も裏切り。
 他人を傷つけて好き勝手したことが原因だ。
 それでシャルロッテの母を恨むというのは筋違いだろう。

「そもそも、お父様がお母様に敵うと思っているのですか? 魔法の有り無しだけではなくて、政務もなにもかも劣っているというのに」
「辛辣だねえ」

 エイルマットは苦笑した。
 ただ、わずかな苛立ちを覚えているらしく、その表情は固い。

「まあ、確かに。シャルロッテの言う通りだ。僕は大した力を持っていない」
「なら……」
「そこで、君の出番というわけだよ」

 エイルマットは指を鳴らした。
 その音に反応して、奥から巨体が現れる。

「ゴーレム……?」
「お、お嬢様……!」

 再びフィアがシャルロッテを背中にかばう。

 魔法は使えない。
 そんな中、強力な兵器を相手にしなくてはいけない。
 絶体絶命と呼べる状況なのだけど、しかし、フィアは逃げない。
 シャルロッテをなにがなんでも守ろうとする。

「美しい絆だね。なら、君も一緒にコアにしてあげよう」
「お父様、なにをするつもりですか!?」
「このゴーレムは特殊なものでね。生体ユニットを搭載することで、通常の何倍もの力を得ることができるのさ」
「まさか……」
「ようやく理解してくれたようだね」

 エイルマットは笑う。
 邪悪に笑う。

「君達には生体ユニットになってもらう。そして、僕は力を得ることができる」
「生体ユニットを搭載したゴーレム……確か、研究はされていたようですが、あまりに非人道的なために破棄されていたはずですが」
「エイルマット様は、復讐をする一心で復活させたのかもしれません」
「フィア、あんなヤツ、様付けする必要はないわ」

 シャルロッテは軽口を叩くものの、しかし、内心では焦っていた。

 ここまで来たら逃げることはできない。
 二人揃って生体ユニットにされてしまう。
 そんなことになるなら……

「……フィア、私が時間を稼ぐからあなたは逃げなさい」
「……そ、そのようなことは!」
「……それが一番なの。誰か助けを呼んできてちょうだい」
「……イヤです。わたしは、どんな時もお嬢様と一緒に……」
「まったくもう」

 シャルロッテは苦笑した。

 困ったような顔をして。
 でも、とても優しい顔をする。

「あなたの真面目なところ、わたくしは大好きですわ……というわけで、頼んだわよ!」
「お嬢様!?」

 シャルロッテがエイルマットに突撃した。
 魔法が使えないため、拳で殴りかかるしかない。
 しかし、女子の力は大したことはない。
 すぐエイルマットに捕まってしまう。

 それでも、シャルロッテは絶望していない。
 後をフィアに託す。

「フィア!」
「あ、う……」

 フィアはよろめいて、一歩、二歩と下がり……

「うぁあああああ!!!」

 涙を流して、叫びながら逃げ出した。