シャルロッテとフィアは手を繋いで、ゆっくりと屋敷の中を進んでいた。

 彼女達の行く手を阻む結界が展開されていたものの、少し前に屋敷全体がわずかに震えて、それど同時に結界が解除された。
 振動で結界を構築するアイテムに不具合が生じたのだろう。

 安物の結界だ。
 おそらく使い捨て。
 二人を閉じこめた者も、『絶対に逃さない』という強い意思はなかったのかもしれない。

 あるいは、全て仕組まれていて罠という可能性もあったのだけど……
 じっとしていても仕方ないと、二人は屋敷を探索することにした。

「ここ、どこかしら?」
「えっと、その……街の外に出ているとは考えづらいです。私達を隠したまま外に出られるほど、王都の警備は甘くないですから。たぶん、人が少ない開発地か……あるいは、開発停止地区ではないでしょうか?」
「なるほど……ええ、そうね。フィアの言う通りだわ。わたくしもそう思います」
「あ、ありがとうございます」
「さすがフィアね。こんな時でも色々なところを見てて、とても頼りになりますわ」
「そ、そそそ、そんな、わたしなんて……!」
「もう……その謙虚すぎる姿勢はマイナスね。もう少し胸を張りなさい」
「は、はい」

 誘拐されたというのにシャルロッテは元気だった。
 それはフィアのおかげだろう。

 一人ではない。
 一番信頼する友達がいる。
 だからこそ、シャルロッテは落ち着くことができた。

「お嬢様。今回の事件の犯人は……」
「最近、わたくし達に色々とちょっかいをかけてきた人がいましたが、全て繋がっているのでしょうね」
「そこまでの計画を立てていた……?」
「だと思いますわ。そして、直接、わたくし達に手を出すことにした。目的はわかりませんが……」

 シャルロッテは不敵な笑みを浮かべる。

「わたくし達を敵に回したこと、後悔させてやりますわ!」
「……そうか、それは恐ろしい」

 不意に第三者の声が響いた。

「誰ですの!?」
「い、今の声はもしかして……」
「ふはは……なかなかいい反応だね。わざわざ、ここに招いた甲斐があるというものだ」

 シャルロッテとフィアの顔が自然と引き締まる。
 声の主に心当たりがあり……
 そして今、最悪の事態に巻き込まれていると理解したからだ。

「そうだ、そのまま、まっすぐ進め」

 シャルロッテは苛立ち、わずかに舌打ちをした。

 声の言いなりになるのは癪だ。不愉快だ。
 しかし、今は他の道はない。
 ひとまずは従うしかないと、まっすぐ廊下を歩いていく。

 ほどなくして大きな扉の前に辿り着いた。
 軽く触れると、ギィと鈍い音を立てて勝手に扉が開く。

「やぁ、待っていたよ」

 細身の男が笑顔で二人を迎えた。

 白髪混じりの髪。
 シワが刻まれた顔。
 歳を重ねた老人に見えるものの、しかし、背はピシリと伸びている。
 体幹も問題がない様子で、しっかりと床を踏み立つ。
 やや歳が深く見えるものの、実際は見た目よりも若いのだろう。

 男はきらびやかな服を身に着けていた。
 しかし、一目で見てわかるほど汚れている。
 一度も洗っていないのか、離れていても嫌な匂いがした。

 シャルロッテとフィアは思わず顔をしかめてしまうものの、それに構うことなく男は言葉を重ねる。

「久しぶりだね、元気にしていたかい?」
「……気安く話しかけないでいただけません?」
「おや、つれないなあ。反抗期かな? はは、これはこれで新鮮な気持ちだね」
「くっ……親面しないでいただけません!?」
「それは無理だよ。だって、僕は君の父親なのだから」

 エイルマット・ブリューナク。

 シャルロッテの父親。
 そして、ブリューナク家を追放されて、辺境で軟禁されているはずの男が笑う。

「シャルロッテは僕のことを嫌っているみたいだけど、僕は君のことが大好きだよ。なにしろ、僕の子供だからね。僕の血を分けた存在だと思うと、無条件で愛おしくなるんだ。親とはそういうものさ」
「このっ……!!!」

 エイルマットは挑発しているつもりはゼロだ。
 しかし、シャルロットからしてみたら最大級の挑発を受けている思いだった。

 なにせ、エイルマットは数々の悪事に手を染めて、たくさんの人を傷つけた。
 そしてなによりも、何度も母を裏切った。
 絶対に許せる存在ではない。
 そんな相手に愛しいとか言われてしまうと、途方もない怒りがこみ上げてきた。

「……お嬢様……」
「あ……ええ、わたくしは大丈夫よ。ありがとう、フィア」

 エイルマットに掴みかかりそうなほど激怒していたシャルロッテだけど、フィアに声をかけられて冷静さを取り戻した。
 厳しい視線は変わらない。
 ただ、努めて冷静に話を進める。

「わたくし達を誘拐したのはお父様ですね?」
「うん、そうだね」

 あっさり認められてしまい、シャルロッテはわずかに怯む。
 今、エイルマットから底知れない悪意を感じたのだ。

「なにが目的なのですか?」
「もしかして、お嬢様を誘拐してお金を……」
「お金? そんなものはいらないさ。お金には困っていないし、少し前まで辺境で暮らしていたからね。あそこは物価が安いから、なにも問題はないよ」
「なら、どうして……」
「うーん……君、フィアだっけ? 部外者が親子の話に割り込まないでくれるかな?」
「……っ……」

 ゾッとするほど冷たい目で睨みつけられて、フィアは震えた。

 恐ろしい。
 家を追放された、どうしようもない男のはずなのに、魔物と対峙しているかのような恐怖を覚えた。

 そんなフィアをかばうようにシャルロッテが前に出る。

「フィアはわたくしの妹も同然ですわ。それに、一緒に誘拐しておいて、今更関係ないは通じないですわ」
「ふむ……まあ、それもそうか」

 エイルマットの怒気が消えて、フィアはほっと息をこぼす。

「僕の目的はとても簡単なことだよ」
「なにを企んでいますの?」
「企むなんて酷いなあ。僕はただ、正当な権利を行使しようとしているだけさ」
「正当な権利……?」
「そのためにシャルロッテに協力してもらおうと思ってね」

 エイルマットは笑う。
 悪意に満ちた笑みを浮かべる。

「さあ、シャルロッテ。愛しい我が娘よ……僕のために、その命をおくれ?」