「ニーア?」
部屋の隅にニーアの巣箱を設置しているのだけど……
ニーアはその上に立ち、翼を広げて鳴いている。
「ピッ、ピピピ!」
ぴょんと俺の肩に飛び乗り、ツンツンと頬を突いてきた。
それから、今度は窓の手前に移動して、コツコツと窓を叩く。
「えっと……外に出たいのか?」
「ピッ!」
その通り、というようにニーアが鳴いた。
ニーアはとても賢い鳥だ。
外に出しても、しばらく散歩……散飛? をして戻ってくる。
なので、いつも学院が終わった後に外に出しているのだけど、こんな時間にせがまれたことは今までに一度もない。
「ニーア、悪いけど今は我慢してくれ。大変なことが起きているんだ」
「ピーッ!」
「おとなしく部屋で待っててくれないか?」
「ピピピッ」
なんだろう?
今日に限って、ぜんぜん言うことを聞いてくれない。
普段は素直な子なのだけど……
「お兄ちゃん」
ふと、エリゼが小首を傾げつつ言う。
「もしかして……ニーアちゃん、お兄ちゃんをどこかに案内したいんじゃないですか?」
「え」
「うまく言えないんですけど……ついて来い、って言っているような気がして」
「ピィ!」
その通り、と言うかのようにニーアが強く鳴いた。
こくりとも頷いている。
本当……なのか?
でも、いったいどこに?
この話の流れからすると……もしかして、シャルロッテとフィアのところへ?
……現状、手がかりはゼロだ。
だからといって無闇に動いていいわけじゃない。
下手な行動が致命傷になることがある。
だけど……
「……わかった。ニーア、案内してくれ」
ニーアは不思議な鳥で……
そして、エル師匠に託された、いわば忘れ形見のようなものだ。
「こっちじゃよ」と、エル師匠が導いてくれているような気がした。
――――――――――
「ピッ」
ニーアはゆっくりと空を飛んで、その後ろを俺達が追いかける。
「あの鳥、どこまで行くのかしら?」
アリーシャは小刻みに吐息をこぼしつつ、若干、疲れた様子で言う。
それも仕方ない。
外に出て、かれこれ30分近く走り続けている。
門は超えていないものの、王都を囲む城壁が近い。
家はまばらで人気もない。
こんなところに、いったいなにがあるのだろうか?
疑問と不安が湧いてくるのだけど……
「行けるところまで行こう」
ニーアを信じる。
そう決めて、とことん突き進むことにした。
そして……
「ピピ」
ニーアはようやく翼を収めて、近くの木に降りた。
その視線の先に廃墟が見える。
貴族が使っていた屋敷だろうか?
3階建てで、広大な庭がセットになっている。
ただ人がいないことは明白で、あちらこちらが荒れ放題になっていた。
「廃墟……ですね」
「廃墟ね」
エリゼとアリーシャが不思議そうに言う。
アラム姉さんも同じく小首を傾げた。
「こんなところに連れてきて、どうしたいのかしら?」
「いえ……これ、意外と当たりかもしれません」
「え?」
「見てください。廃墟のはずなのに足跡があります」
入り口を見ると、最近できたと思われる人の足跡があった。
それと、馬車の車輪の跡。
こちらも最近できたものだろう。
「あ、本当です!」
「こんなに暗いのに、よく気づいたわね……」
「さすがレンね。私の弟なだけはあるわ」
遠回しに自分も持ち上げるアラム姉さんだった。
すごく優しくなったのだけど、自信たっぷりなところは変わらないらしい。
「それに、わずかにですが魔力の流れを感じます。誰かが魔法を使っているか、あるいは魔道具を使用しているか……どちらにしても、こんな廃墟でそんなことをするなんてありえません」
「怪しいわね」
「怪しいです」
「怪しい」
三人共に俺の意見に同意してくれた。
「よし、廃墟を調べよう」
最大限の警戒をしつつ、俺達は廃墟に侵入した。
「……んぅ……」
ふと、小さな声がこぼれた。
シャルロッテはぼんやりした意識の中、ゆっくりと目を開ける。
「……なに、ここ?」
まず目に入ってきたのはボロボロの天井だ。
雨漏りを繰り返しているらしく、一部は腐っている。
木が腐った匂いと泥の匂い。
シャルロッテは思わず眉をしかめてしまう。
「なに!?」
視界の端でなにかが動いた。
慌てて起き上がり、身構える。
「……なんだ、ネズミなのね」
小動物の根城になっているみたいだ。
ネズミ達は見知らぬ来訪者を警戒しているらしく、遠巻きにシャルロッテを観察している。
「わたくし、どうしてこのようなところに……」
曖昧な記憶を掘り返して、今に至るまでを思い出す。
いつものように授業が終わり、放課後が訪れた。
その日、シャルロッテはフィアと一緒に放課後を過ごすことにした。
色々とあって最近は一緒の時間を過ごせなかったから、その分、一緒に過ごそうと思ったのだ。
街へ出て買い物をした。
人気のカフェでパンケーキを食べた。
そのままカフェでおしゃべりをして……
気がつけば陽が暮れ始めていた。
そろそろ寮に戻ろうと帰路を辿り、しかし、途中でローブで顔も隠した妙な男が現れた。
……そこでシャルロッテの記憶は途切れている。
「このわたくしとあろう者が誘拐された? ブリューナク家を継ぐ者として、なんて恥ずかしいことを……でも、それよりも」
シャルロッテは慌てて室内を見た。
フィアはいない。
シャルロッテだけがさらわれたのか。
あるいは、他の部屋に囚われているのか。
シャルロッテは、前者の可能性を推すような楽観的な思考はしていない。
フィアもさらわれたと考えるべき。
そう判断して、思考を加速、鋭い表情に切り替えた。
「それにしても……」
シャルロッテは自分の体を見た。
寝ている間に傷つけられた様子はない。
両手足を縛られるなど拘束されているわけでもない。
「なんなのですか、これ?」
いつでも逃げてください、というような扱いにシャルロッテは困惑してしまう。
間違いなく誘拐されたはずなのだけど、その後の扱いは雑だ。
果たして、自分は本当に誘拐されたのだろうか?
ついついそんな疑問を持ってしまう。
「ひとまず、フィアを探さないとですわ」
シャルロッテは部屋を出ようとするが、
「あら?」
ドアノブに手を伸ばすものの、なぜか回らない。
錆びついていて動きが悪いわけではなくて、欠片も動かない。
まるでドアノブ全体が接着剤で固定されているかのようだ。
「これは……」
とある考えが思い浮かび、シャルロッテは苦い表情に。
それから慌てた様子で窓の前に移動した。
窓はボロボロで枠は朽ちている。
ガラスも半分ほどが割れていて、外の景色がよく見えていた。
ただ……隙間風は一切入ってこない。
シャルロッテはそっと手を伸ばして……
しかし、途中で手が止まる。
止められてしまう。
窓の手前に不可視の壁が展開されていた。
その先に進むことはできない。
「結界、ですわね」
学院の訓練場にある結界と似たようなものだろう。
ただ、こちらは中の人間を逃さないことに特化している様子で、とにかく硬く、それでいて柔軟性がある。
ボロボロの屋敷。
手足を拘束されていない。
そんな状況で放置されていたのは結界があるからだろう。
「ふふん、でも、これくらいの結界、ブチ壊してさしあげますわ!」
しかし、シャルロッテは絶望なんてしない。
目の前に壁があるのなら、粉砕する。
それが彼女の流儀だ。
シャルロッテは窓から離れて、部屋の中央に戻る。
そして手の平を前に、魔力を収束させていく。
「火炎槍<ファイアランス>!」
呪を紡ぐワードを力強く言い放つ。
火の精霊に語りかけて、魔力を糧として対価をもらう。
炎の槍が出現……するはずだった。
「え?」
なにも起きない。
シャルロッテの声が響くだけだ。
「魔法が……使えない?」
「なんだか、おばけが出てきそうですね……うぅ」
わりとあっさり侵入することができた。
ただ屋敷内は思っていた以上にボロボロで、エリゼが言うように、いかにもという感じの雰囲気がある。
「大丈夫よ、エリゼ。私がついているわ」
「お姉ちゃん……手を繋いでくれますか?」
「ええ、もちろん」
アラム姉さんは優しく笑い、エリゼの手を取る。
それで少し落ち着いたらしく、エリゼも小さくだけど笑うことができた。
アラム姉さんは小さい頃からエリゼに甘く、優しかったけど……
最近は、今まで以上の優しさを見せているような気がした。
祖母の呪縛から逃れたからだろうか?
「レンも手を繋ぐ?」
その優しさは俺にも向けられている。
まだ少し慣れていないけど……
でも、素直に心地いいと思う。
「俺は大丈夫ですよ」
「本当に? 無理はしていない?」
「してないですよ。というか、なんでそんなに確認するんですか?」
「レンと手を繋ぐチャンスだと思って」
「……ものすごく反応に困ることを言わないでください」
本当、アラム姉さんは変わったな。
俺も……彼女みたいに変わることができるのだろうか?
変わっているのだろうか?
「……っ……」
ピリッと指先が痺れるような感覚がして、一瞬で思考が引き戻された。
慌てて足を止めて、みんなを手で制する。
「どうしたの?」
アリーシャが不思議そうな顔をした。
「ちょっと調べたいことがある。みんな、動かないで」
俺は一歩、前に出た。
やはり、ピリッとした感覚を受ける。
それと同時にわずかな脱力感も覚えた。
指先から力が抜けていくような感覚。
「これは……」
「なに、どうしたの? さっきから変よ」
「結界だ」
「結界?」
「この先に結界が張られている」
アリーシャを始め、みんな不思議そうな顔に。
時間は惜しいのだけど……
しっかり説明しておいた方が危険は少ないだろうと、順に話をすることにした。
「結界はわかるよな? 学院の訓練場などにあるアレだ」
「ええ、もちろん」
「直接的なダメージはなくて、魔力を失う……という結界でしたね」
「ああ、そうだ。でも、結界はそれだけっていうわけじゃない。術者によって違う効果が出て、色々なものがあるんだ」
「そうなの?」
「ダメージを倍増させるとか、特定の属性の魔法の効果を高めるとか。変わり種でいくと、体重を増加させるなんてものもある」
「それはイヤね……」
「イヤです……」
「イヤだわ……」
女性陣は揃って苦い顔をした。
それからジト目を向けられた。
例えが悪い、と言っているかのようだ。
しまった。
女性に体重の話は禁句だったか。
「え、えっと……とにかく、色々な種類の結界があるんだ」
慌てて話を逸らす俺。
前世では最強の賢者と讃えられたものの、女性の怒りは怖いのだ。
「で、この屋敷に張られている結界は魔力を吸い取るものだ」
「魔力を……?」
エリゼとアリーシャはキョトンとしていたが、アラム姉さんは眉をしかめた。
さすがというべきか、この結界の厄介な特性に気づいたらしい。
「お兄ちゃん、それはどういう問題があるんですか?」
「魔力が吸い取られる、っていうことは……魔法が使えなくなる、っていうこと?」
「それもあるけど、それだけじゃないわ」
俺の代わりにアラム姉さんが説明してくれる。
「見た感じ、一気に魔力が吸い取られるわけじゃない。少しずつ抜き取られていく……だから、魔力を温存するか、あるいはポーションなどで回復をすれば魔法は使えるわ。ただ……」
「ただ?」
「完全に魔力が枯渇したら危ないわ」
そう言うアラム姉さんは、これまでにないほど厳しい顔をしていた。
「魔力は魔法を使うためだけにあるわけじゃないの。魔法使いは、無意識に体の調整を魔力に頼っているの。必要不可欠なもので、でも、普段はそこまで重要性を感じなくて……そうね、空気みたいなものよ」
「それじゃあ……」
アラム姉さんの言いたいことを理解したらしく、アリーシャは慌てた表情に。
「普通、魔力はそこら辺に当たり前のようにあるの。それを自然と吸収して補っているのだけど……それができず、逆に抜き取られるようなことになれば? 空気のないところに放り出されるようなものよ。最初は蓄えておいた魔力でなんとか耐えることができるけど、魔法が使えないほど魔力を失ったら……」
窒息してしまう。
すなわち、死。
「ま、待ってください、お姉ちゃん。それじゃあ、ここにいるかもしれないシャルロッテ先輩とフィア先輩は……」
「どれくらい閉じ込められているか、によるわね。急いで探さないと……でも、下手をしたら二重遭難になるわ」
「大丈夫です」
俺は腰に下げたポーチから複数のポーションを取り出した。
「こういう時に備えて、人数分の倍のポーションを持っています」
「さすがレンね。そんな準備をしているなんて」
「あと、俺はけっこう魔力が大きいので、いざとなれば分けることができます。バラバラに探した方が効率はよさそうですが……危ないので、みんなまとまって行動しましょう。そうすれば問題ないかと」
「はい、がんばります!」
「そうね。早く二人を見つけないと」
エリゼとアリーシャもやる気をみせてくれる。
こうして、誰かのためにがんばる。
力を出す。
それこそが人が一番輝いている時なのだろう。
ふと、そんなことを思った。
廃墟は思っていた以上に広い。
たくさんの部屋があるため確認に時間がかかる。
手分けした方が効率はいいのだけど……
なにが待ち受けているかわからない。
それに、結界の問題もあるため危険は大きい。
もどかしいが、安全を優先するしかない。
みんなで一緒に行動して、少しずつでも前に進んでいく。
アラム姉さんも言っていたが、二重遭難になったら意味がないからな。
「待って」
次の扉に手をかけようとしたら、アリーシャが固い声で言う。
「なにか嫌な感じがする」
「嫌な感じ?」
「うまく言えないけど……この先に危険があるような気がするの」
扉を見る。
しかし、俺はなにも感じない。
とはいえ、アリーシャが嘘を言っているとは思わない。
彼女は魔法だけじゃなくて剣を学んでいる。
近接戦闘を得意とする者だけが感じ取れる『なにか』があるのだろう。
「ちょっと私に任せてくれる?」
アラム姉さんが扉の前に立つ。
そっと手をかざして、
「クリアビジョン<透視>」
アラム姉さんの手が光る。
なにか魔法を使ったみたいだけど……
俺、そんな魔法は知らないぞ?
「アラム姉さん、なにをしたんですか?」
「透視をする魔法よ」
「えっ、なんですか。それ? その魔法、ものすごい興味あるんですけど!」
「「「……」」」
なぜか女性陣からのジト目が突き刺さる。
「な、なに……?」
「お兄ちゃん、そんな魔法を覚えてどうするつもりなんですか?」
「まさか、覗き?」
「レン、そういうことはダメよ?」
「ち、違うから!?」
俺は純粋に、知らない魔法に興味があるだけ。
覗きをしようとか、そんな邪なことを考えたことは少しもない。
そうやって必死の説得をして、なんとか誤解を解くことができた。
「えっと……それで、なにが見えたんですか?」
「……ゴーレムがいたわ」
ゴーレムというのは、魔力を動力とする巨大な人形のことだ。
力があって疲れも知らないため、今も昔も重宝されている。
その巨体を活かされて護衛として使われることもある。
つまり……
「門番、っていうことか」
アリーシャの嫌な感じはこれのことだろう。
「まいったな……」
「ええ、これは厄介な問題ね。まさか、ゴーレムを相手にしないといけないなんて……」
「こんな時じゃなければ、捕まえてじっくり調べたいのに。くそ」
「え、気にしているのはそこなの?」
アラム姉さんが驚いたような呆れたような表情に。
はて?
他に気にするようなところはないと思うのだけど。
「もう一つ、問題があると思います」
エリゼが言う。
「ゴーレムを相手にこっそり戦うことはできないと思います。そうなると……」
「敵に気づかれてしまうわね」
アリーシャが言葉を引き継いで、そんな答えを出した。
二人の言う通りだ。
シャルロッテとフィアの安全を考えると、ここで騒ぎを起こすことは得策じゃない。
ただ……
ゴーレムなんてものが配備されていることを考えると、この先に二人がいる可能性が高い。
まさか、なにもないところを守らせないだろう。
「……よし」
少し考えて作戦をまとめた。
「ゴーレムは俺がなんとかするから、みんなは先に。これだけのものを用意しているんだ。たぶん、あれ以上の番人はいないと思う」
俺がゴーレムの相手をする。
その間に、みんなが先に進む。
戦闘は避けられそうにないから、これが最適解だろう。
「でも、お兄ちゃん一人でゴーレムの相手をするなんて……」
「さすがに無茶よ」
エリゼとアリーシャは心配そうな顔に。
ただ、アラム姉さんはそんな二人の肩をぽんぽんと叩いた。
「レンなら大丈夫よ」
「……お姉ちゃん……」
「私達が信じないとダメ。そうでしょう、エリゼ?」
「はい!」
エリゼがこちらを見る。
「お兄ちゃん、がんばってくださいね!」
「怪我なんてしないように。ちゃんと無事でいないと、承知しないわよ?」
アリーシャからも激励……激励? が飛んできた。
負けられないだけじゃなくて、怪我をすることも許されないな、と気が引き締まる。
「決まりだな」
じゃあ……
いくとしようか!
カウントを刻み、ゼロになると同時に俺達は扉を開けた。
同時にゴーレムの目に光が灯る。
階段を背にするゴーレムはゆっくりとした動きでこちらに近づいてきた。
たぶん、侵入者は問答無用で排除するように設定されているのだろう。
「火炎槍<ファイアランス>!」
先制攻撃を叩き込む。
ゴーレムの頭部で炎が爆ぜるものの、軽くよろめいただけでダメージはない。
ゴーレムは頑丈で魔法に対する耐性もある。
初級魔法では傷一つつかないだろう。
でも、それでいい。
ゴーレムの目が青から赤へ。
攻撃モードに切り替わる。
そのターゲットは俺だ。
巨体を鳴らしつつ、猛牛のように突撃する。
「みんな、今のうちに!」
ゴーレムを引きつけることができた。
これでみんな、先へ進むことができる。
「お兄ちゃん、気をつけてくださいね」
「無茶したら承知しないわよ」
「後でしっかり追いついてくるように。いいわね?」
エリゼ達はそれぞれ一言残して、ゴーレムが守っていた扉の向こうに消えた。
よし。
作戦成功だ。
「あとは……なるべく早くこいつを倒して、追いつかないといけないんだけど」
ゴォッ!
ゴーレムは空気を巻き込むようにして拳を繰り出してきた。
ヤツの体は特殊な素材で構成されていて、鉄よりも固い。
直撃したら、ほぼほぼ即死だろう。
「光壁<ライトウォール>!」
魔法で光の壁を生成して、それを盾とした。
ガァンッ! と鉄と鉄を叩きつけるような音が響いた。
ゴーレムの拳を受け止めることはできたけれど……
「こいつ、なんてバカ力だ!」
一撃で光の壁にヒビが入っていた。
二撃目は耐えられないだろう。
おかしいな?
確かにゴーレムは強い力を持っているが、ここまでじゃなかったはず。
昔……前世は、もっとレベルが低かった。
魔法は衰えているものの、ゴーレムの技術は発展している?
それとも、シャルロッテが持つ詠唱技術のように、一部の技術は発展している?
それがゴーレム関連?
「って、いけないいけない」
気がつけば、ゴーレムについてあれこれと考えて、考察を繰り広げようとしていた。
確かに、このゴーレムは興味深い。
ものすごく気になる。
隅々まで分解して、徹底的に研究したい。
「でも」
今はシャルロッテとフィアが一番だ。
知的好奇心なんかよりも、二人の安全を最優先に考えないといけない。
……こんなことを思うなんて、俺も変わってきているんだな。
そんなことを思い、苦笑する。
「というわけで、さっさと終わりにさせてもらうぞ」
魔力を手の平に集める。
「氷烈牙<フリーズストライク>!」
ゴーレムの足元に向けて魔法を放つ。
氷が広がり、蔦のようにゴーレムの足に絡みついた。
動きを封じられて、ゴーレムは苛立たしそうに足元に拳を叩きつけた。
氷を割り脱出するつもりなのだろうけど、俺の方が早い。
「雷閃牙<ライトニングストライク>!」
指先がバチバチと放電して……
それは一気に成長して、荒れ狂う紫電となる。
生き物のようにうねりつつ、ゴーレムに食らいついた。
耳を叩くかのような鈍い音。
それと衝撃。
「これでどうだ?」
ゴーレムは壊れた人形のようにぎこちない動きをして……
「……」
ややあって、その目に宿る光が消えた。
四肢をだらりと下げて動きを止める。
「よし」
撃破完了。
確かにゴーレムは硬い。
物理、魔法に対する高い耐性を持つ。
ただ、雷撃魔法は別だ。
水を流しているかのように、魔法を内部に到達させることができる。
そして、そのまま回路を焼き切ることが可能だ。
「さてと。すぐにみんなを追いかけて……うん?」
ふと、違和感を覚えて足を止める。
振り返った先……ゴーレムの目に再び光が灯る。
ガガガ、とゴーレムは鈍い音を立てる。
立ち上がろうとしているみたいだけど、駆動系が壊れたらしく、震えることしかできない。
よし。
無力化に成功した。
このまま寮に持ち帰り、徹底的に分解して研究を……
「って、違う」
知的好奇心を満たすのは後。
今はシャルロッテとフィアのことを一番に考えないと。
「無力化はしたけど……念のため、完全に破壊しておいた方がいいな」
動けないようにしたものの、まだ機能が停止したわけじゃない。
後々のことを考えると、惜しいけど破壊しておくべきだろう。
俺は手の平に魔力を収束させて……
「ガ……ギギギッ!!!」
瞬間、ゴーレムが獣のように吠えた。
瞳がさらに濃い赤に切り替わる。
なにをするつもりだ?
もう動けないことは確か。
この状態でまともな攻撃を繰り出せるとは思えないが……
「いや、待てよ?」
ふと、最悪の可能性に思い至る。
ゴーレムは機密保持のための自爆機能がある。
当然、こいつにも搭載されているはずだ。
通常は自壊する程度の威力だけど……
そこに手が加えられていたら?
敵対者を吹き飛ばすほどの爆薬が積まれていたら?
屋敷を木端微塵にするほどだとしたら?
「まずいまずいまずい!?」
こんな奥の手があるなんて聞いてないぞ!?
というか……
ゴーレムに極大の自爆装置を搭載するとか、反則だろう!
ゴーレムはやたら頑丈だから、地道にダメージを与えていくしかない。
一撃で一気に粉砕、ということは難しい。
やろうと思えばできないことはないが、周囲に大きな被害が出てしまうため、街中では難しい。
だからこそ、内部の回路を壊すという方法をとったのだけど……
そうして追い込むことで自爆を促してしまうとは。
いや。
そうなるように誘導されていた可能性が高い。
というか、周囲のことを考える以上、他に手がない。
「くそっ」
どうする?
ゴーレムが自爆体勢に入ったことは、ほぼほぼ確実だ。
どれだけの爆薬が搭載されているか不明だけど……
屋敷ごと吹き飛ばす可能性がある以上、絶対に防がなくてはいけない。
下手に衝撃を与えると爆発を早めるだけ。
これだけの巨大なヤツを運ぶことは難しい。
極大魔法で吹き飛ばすか?
いや。
それだと結局屋敷も一緒に吹き飛ばしてしまうから意味がない。
「ギ、ガガガ……」
ゴーレムの瞳が明滅する。
いよいよ時間がないのだろう。
「……よし。落ち着け、俺」
焦りは思考を鈍らせる。
冷静になれ。
そう自分に言い聞かせて、俺は落ち着きを取り戻した。
今更、ゴーレムの自爆を止めることは難しい。
できないことはないが時間が足りないだろう。
かといって、吹き飛ばすことも不可。
なら……
「爆発の威力を最小限に抑える!」
俺はしっかりと床を踏みしめて、両手を前に突き出した。
深く集中して魔力を集める。
イメージするものは、壁と鍵。
魔力の壁でゴーレムを囲い、遮断。
さらに鍵をかけて閉じこめる。
「円封撃<サークルバインド>!」
ゴーレムを閉じこめる封印魔法が完成した。
魔力の檻に囚われ、ゴーレムは身動き一つできない。
ただ、そんな中でも自爆のカウントダウンは進んでいく。
そして、ゼロになって……
シャルロッテとフィアは手を繋いで、ゆっくりと屋敷の中を進んでいた。
彼女達の行く手を阻む結界が展開されていたものの、少し前に屋敷全体がわずかに震えて、それど同時に結界が解除された。
振動で結界を構築するアイテムに不具合が生じたのだろう。
安物の結界だ。
おそらく使い捨て。
二人を閉じこめた者も、『絶対に逃さない』という強い意思はなかったのかもしれない。
あるいは、全て仕組まれていて罠という可能性もあったのだけど……
じっとしていても仕方ないと、二人は屋敷を探索することにした。
「ここ、どこかしら?」
「えっと、その……街の外に出ているとは考えづらいです。私達を隠したまま外に出られるほど、王都の警備は甘くないですから。たぶん、人が少ない開発地か……あるいは、開発停止地区ではないでしょうか?」
「なるほど……ええ、そうね。フィアの言う通りだわ。わたくしもそう思います」
「あ、ありがとうございます」
「さすがフィアね。こんな時でも色々なところを見てて、とても頼りになりますわ」
「そ、そそそ、そんな、わたしなんて……!」
「もう……その謙虚すぎる姿勢はマイナスね。もう少し胸を張りなさい」
「は、はい」
誘拐されたというのにシャルロッテは元気だった。
それはフィアのおかげだろう。
一人ではない。
一番信頼する友達がいる。
だからこそ、シャルロッテは落ち着くことができた。
「お嬢様。今回の事件の犯人は……」
「最近、わたくし達に色々とちょっかいをかけてきた人がいましたが、全て繋がっているのでしょうね」
「そこまでの計画を立てていた……?」
「だと思いますわ。そして、直接、わたくし達に手を出すことにした。目的はわかりませんが……」
シャルロッテは不敵な笑みを浮かべる。
「わたくし達を敵に回したこと、後悔させてやりますわ!」
「……そうか、それは恐ろしい」
不意に第三者の声が響いた。
「誰ですの!?」
「い、今の声はもしかして……」
「ふはは……なかなかいい反応だね。わざわざ、ここに招いた甲斐があるというものだ」
シャルロッテとフィアの顔が自然と引き締まる。
声の主に心当たりがあり……
そして今、最悪の事態に巻き込まれていると理解したからだ。
「そうだ、そのまま、まっすぐ進め」
シャルロッテは苛立ち、わずかに舌打ちをした。
声の言いなりになるのは癪だ。不愉快だ。
しかし、今は他の道はない。
ひとまずは従うしかないと、まっすぐ廊下を歩いていく。
ほどなくして大きな扉の前に辿り着いた。
軽く触れると、ギィと鈍い音を立てて勝手に扉が開く。
「やぁ、待っていたよ」
細身の男が笑顔で二人を迎えた。
白髪混じりの髪。
シワが刻まれた顔。
歳を重ねた老人に見えるものの、しかし、背はピシリと伸びている。
体幹も問題がない様子で、しっかりと床を踏み立つ。
やや歳が深く見えるものの、実際は見た目よりも若いのだろう。
男はきらびやかな服を身に着けていた。
しかし、一目で見てわかるほど汚れている。
一度も洗っていないのか、離れていても嫌な匂いがした。
シャルロッテとフィアは思わず顔をしかめてしまうものの、それに構うことなく男は言葉を重ねる。
「久しぶりだね、元気にしていたかい?」
「……気安く話しかけないでいただけません?」
「おや、つれないなあ。反抗期かな? はは、これはこれで新鮮な気持ちだね」
「くっ……親面しないでいただけません!?」
「それは無理だよ。だって、僕は君の父親なのだから」
エイルマット・ブリューナク。
シャルロッテの父親。
そして、ブリューナク家を追放されて、辺境で軟禁されているはずの男が笑う。
「シャルロッテは僕のことを嫌っているみたいだけど、僕は君のことが大好きだよ。なにしろ、僕の子供だからね。僕の血を分けた存在だと思うと、無条件で愛おしくなるんだ。親とはそういうものさ」
「このっ……!!!」
エイルマットは挑発しているつもりはゼロだ。
しかし、シャルロットからしてみたら最大級の挑発を受けている思いだった。
なにせ、エイルマットは数々の悪事に手を染めて、たくさんの人を傷つけた。
そしてなによりも、何度も母を裏切った。
絶対に許せる存在ではない。
そんな相手に愛しいとか言われてしまうと、途方もない怒りがこみ上げてきた。
「……お嬢様……」
「あ……ええ、わたくしは大丈夫よ。ありがとう、フィア」
エイルマットに掴みかかりそうなほど激怒していたシャルロッテだけど、フィアに声をかけられて冷静さを取り戻した。
厳しい視線は変わらない。
ただ、努めて冷静に話を進める。
「わたくし達を誘拐したのはお父様ですね?」
「うん、そうだね」
あっさり認められてしまい、シャルロッテはわずかに怯む。
今、エイルマットから底知れない悪意を感じたのだ。
「なにが目的なのですか?」
「もしかして、お嬢様を誘拐してお金を……」
「お金? そんなものはいらないさ。お金には困っていないし、少し前まで辺境で暮らしていたからね。あそこは物価が安いから、なにも問題はないよ」
「なら、どうして……」
「うーん……君、フィアだっけ? 部外者が親子の話に割り込まないでくれるかな?」
「……っ……」
ゾッとするほど冷たい目で睨みつけられて、フィアは震えた。
恐ろしい。
家を追放された、どうしようもない男のはずなのに、魔物と対峙しているかのような恐怖を覚えた。
そんなフィアをかばうようにシャルロッテが前に出る。
「フィアはわたくしの妹も同然ですわ。それに、一緒に誘拐しておいて、今更関係ないは通じないですわ」
「ふむ……まあ、それもそうか」
エイルマットの怒気が消えて、フィアはほっと息をこぼす。
「僕の目的はとても簡単なことだよ」
「なにを企んでいますの?」
「企むなんて酷いなあ。僕はただ、正当な権利を行使しようとしているだけさ」
「正当な権利……?」
「そのためにシャルロッテに協力してもらおうと思ってね」
エイルマットは笑う。
悪意に満ちた笑みを浮かべる。
「さあ、シャルロッテ。愛しい我が娘よ……僕のために、その命をおくれ?」
「……なんですって?」
予想外の要求に、シャルロッテはついつい間の抜けた顔をした。
命が欲しい、とエイルマットは言う。
そのことについて、シャルロッテはさほど不思議に思わない。
シャルロッテはブリューナク家の娘。
そして、エイルマットを追放した母親の娘。
恨まれていたとしても不思議ではない。
ただ、エイルマットの言い方が気になる。
彼の口調から憎しみは感じられない。
むしろ愛を感じた。
シャルロッテにとってはおぞましい話なのだけど……
父親がなにを考えているのか、さっぱりわからない。
「お嬢様」
シャルロッテを背中にかばい、フィアが前に出る。
なにがなんでも彼女は守る。
そんな強い決意を感じた。
「お父様、あなたはなにが目的なのですか?」
「うん?」
「わたくし達を誘拐して、その命が欲しいと言い……わたくしには、あなたがなにを考えているかさっぱりわかりません」
「おや? おかしいな。我が娘はそこまで察しの悪い子だっただろうか? もっと聡明な子だと思っていたのだけど……ふむ。しばらく会っていないから、変わりもするか?」
「お父様!」
「ああ、いや。すまないね。はぐらかしているつもりはないんだよ」
エイルマットはへらへらと笑う。
命を欲しいと物騒なことを口にしておきながら、その態度はとても気軽なものだ。
「僕の目的は簡単だよ。復讐さ」
「復讐?」
「ブリューナク家当主の座を引きずり下ろされて、辺境に追放されて、軟禁。こんなひどい扱いを受けておいて、笑顔でいられると思うかい? 思わないよね。いつかあの女を見返してやろうと、今までコツコツと準備を重ねていたのさ」
「そんなもの……お父様の自業自得ではありませんか!」
母を裏切り。
民も裏切り。
他人を傷つけて好き勝手したことが原因だ。
それでシャルロッテの母を恨むというのは筋違いだろう。
「そもそも、お父様がお母様に敵うと思っているのですか? 魔法の有り無しだけではなくて、政務もなにもかも劣っているというのに」
「辛辣だねえ」
エイルマットは苦笑した。
ただ、わずかな苛立ちを覚えているらしく、その表情は固い。
「まあ、確かに。シャルロッテの言う通りだ。僕は大した力を持っていない」
「なら……」
「そこで、君の出番というわけだよ」
エイルマットは指を鳴らした。
その音に反応して、奥から巨体が現れる。
「ゴーレム……?」
「お、お嬢様……!」
再びフィアがシャルロッテを背中にかばう。
魔法は使えない。
そんな中、強力な兵器を相手にしなくてはいけない。
絶体絶命と呼べる状況なのだけど、しかし、フィアは逃げない。
シャルロッテをなにがなんでも守ろうとする。
「美しい絆だね。なら、君も一緒にコアにしてあげよう」
「お父様、なにをするつもりですか!?」
「このゴーレムは特殊なものでね。生体ユニットを搭載することで、通常の何倍もの力を得ることができるのさ」
「まさか……」
「ようやく理解してくれたようだね」
エイルマットは笑う。
邪悪に笑う。
「君達には生体ユニットになってもらう。そして、僕は力を得ることができる」
「生体ユニットを搭載したゴーレム……確か、研究はされていたようですが、あまりに非人道的なために破棄されていたはずですが」
「エイルマット様は、復讐をする一心で復活させたのかもしれません」
「フィア、あんなヤツ、様付けする必要はないわ」
シャルロッテは軽口を叩くものの、しかし、内心では焦っていた。
ここまで来たら逃げることはできない。
二人揃って生体ユニットにされてしまう。
そんなことになるなら……
「……フィア、私が時間を稼ぐからあなたは逃げなさい」
「……そ、そのようなことは!」
「……それが一番なの。誰か助けを呼んできてちょうだい」
「……イヤです。わたしは、どんな時もお嬢様と一緒に……」
「まったくもう」
シャルロッテは苦笑した。
困ったような顔をして。
でも、とても優しい顔をする。
「あなたの真面目なところ、わたくしは大好きですわ……というわけで、頼んだわよ!」
「お嬢様!?」
シャルロッテがエイルマットに突撃した。
魔法が使えないため、拳で殴りかかるしかない。
しかし、女子の力は大したことはない。
すぐエイルマットに捕まってしまう。
それでも、シャルロッテは絶望していない。
後をフィアに託す。
「フィア!」
「あ、う……」
フィアはよろめいて、一歩、二歩と下がり……
「うぁあああああ!!!」
涙を流して、叫びながら逃げ出した。
「はっ、はっ、はっ……!」
フィアは走る。
薄暗い屋敷の中を一生懸命走る。
息が切れる。
脇腹が痛くなる。
酸素が足りず頭がぼーっとする。
当たり前だ。
フィアは特別優等生というわけではなくて、運動が得意でもない。
侍女として最低限鍛えているものの、戦闘メイドなどとは異なるため、ずっと走り続けることなんてできない。
それでも、フィアは走り続けた。
「誰……かっ……!」
足がふらついてきた。
それでも前へ向かう。
「助け、て……!」
ふらふらだ。
今にも倒れてしまいそうだ。
でも、歩みは止めない。
一刻も早く外に出て、助けを呼ぶために……
シャルロッテに託された役目を果たそうとする。
「助けて……くだ、さい……!!!」
「任せて」
「……あ……」
ふと、フィアは抱きとめられた。
アラムだった。
フィアが倒れないようにしっかり支えて、優しい笑みを向ける。
「大丈夫?」
「は、はい……ありがとう、ございます……」
アラムの優しい笑みに安心して、フィアは気を失いそうになる。
でも、なんとか我慢した。
まだ終わっていない。
なにも終わっていない。
シャルロッテを助けて、そこで初めて終わりなのだ。
気を引き締める。
「今、治癒魔法をかけますね。少しは楽になると思います」
「あと、ポーションも飲んだ方がいいわ」
「ありがとうございます」
エリゼとアリーシャのフォローのおかげで、フィアはだいぶ落ち着くことができた。
疲労と焦りなどで意識が途切れそうになっていたものの、今はものを考えられるくらいに回復した。
「あ、あのっ……お願いします、お嬢様を助けてください!」
「お嬢様というのは、シャルロッテ・ブリューナクさんのことかしら?」
アラムが小首を傾げる。
レンを手伝うためにやってきたものの、彼女達がどのような状況に置かれているのか、その詳細はわからない。
「お嬢様の父親が犯人で、復讐を企んでいて、そのためにお嬢様を犠牲にしようとしていて……」
まだ混乱していた。
あたふたとした様子で言葉を並べるフィアをアラムは軽く抱きしめる。
「大丈夫、落ち着いて」
「……あ……」
「詳しいことは後で聞かせてもらうわ。それよりも、今はシャルロッテさんのことを教えて。彼女はどこに?」
「は、はい。この奥で……」
「娘ならここだよ」
男の声が響いた。
アラム達が慌てて振り返ると、広い廊下の先にエイルマットの姿があった。
いや、彼だけではない。
エイルマットの後ろに巨人……ゴーレムがいた。
さきほど遭遇したゴーレムと比べると一回り小さく、スマートだ。
ただ、その中央に棺のようなものが収められていた。
隙間から中が見える。
「お嬢様!!!」
中にシャルロッテが収められていた。
意識がない様子で目を閉じている。
ただ呼吸をしている様子はあり、死んでいないことはわかる。
「フィアさん、あれは……?」
「お嬢様を取り込んだゴーレムらしいですけど、詳細は……」
「なるほどね」
アラムは動揺することなく、むしろ不敵な笑みを浮かべてみせた。
本来の優しい性格を取り戻した彼女ではあるが、根本的なところは勝ち気で強気なまま変わっていないのだ。
「要するに人質というところかしら?」
アラムの言葉にエイルマットは楽しそうに笑う。
「人質? そんなものではないよ。娘は生体ユニットとして、このゴーレムを最強の存在に……」
「どうでもいいわ、あなたの話なんて」
アラムは携帯用の杖を取り出した。
その先端をゴーレムに突きつける。
「私達がやるべきことは、とても簡単なこと。そのゴーレムを行動不能にして、シャルロッテさんを救出して、それからゴーレムを完全に破壊する。ああ、それと、あなたを気の済むまで殴らないといけないわね。大事な弟の友達に手を出したんだもの、許せないわ」
「な、なんだかお姉ちゃんがとても男らしいです……」
「エリゼ、そこは凛々しいとかかっこいいとか言ってほしいわ」
「り、凛々しいです!」
「そうね。そして、あたしもその意見に賛成」
アリーシャも腰の剣を抜いた。
続けて、エリゼも携帯用の杖を取る。
視線は前。
その状態で、エリゼはフィアに声をかける。
「フィアさん、戦いましょう」
「え」
「私達、がんばってお手伝いします。だから……一緒に戦いましょう」
「……はい!」
絶望に打ちひしがれていた少女は、もういない。
アラムに立ち上がる力をもらい。
アリーシャに勇気をもらい。
エリゼに優しさをもらった。
これで十分。
戦うことができる。
そう。
自分の手で大好きな人を取り戻すのだ。
フィアも携帯用の杖を取り出した。
「お嬢様……今、助けます!」