「なんだか、おばけが出てきそうですね……うぅ」

 わりとあっさり侵入することができた。
 ただ屋敷内は思っていた以上にボロボロで、エリゼが言うように、いかにもという感じの雰囲気がある。

「大丈夫よ、エリゼ。私がついているわ」
「お姉ちゃん……手を繋いでくれますか?」
「ええ、もちろん」

 アラム姉さんは優しく笑い、エリゼの手を取る。
 それで少し落ち着いたらしく、エリゼも小さくだけど笑うことができた。

 アラム姉さんは小さい頃からエリゼに甘く、優しかったけど……
 最近は、今まで以上の優しさを見せているような気がした。
 祖母の呪縛から逃れたからだろうか?

「レンも手を繋ぐ?」

 その優しさは俺にも向けられている。

 まだ少し慣れていないけど……
 でも、素直に心地いいと思う。

「俺は大丈夫ですよ」
「本当に? 無理はしていない?」
「してないですよ。というか、なんでそんなに確認するんですか?」
「レンと手を繋ぐチャンスだと思って」
「……ものすごく反応に困ることを言わないでください」

 本当、アラム姉さんは変わったな。

 俺も……彼女みたいに変わることができるのだろうか?
 変わっているのだろうか?

「……っ……」

 ピリッと指先が痺れるような感覚がして、一瞬で思考が引き戻された。
 慌てて足を止めて、みんなを手で制する。

「どうしたの?」

 アリーシャが不思議そうな顔をした。

「ちょっと調べたいことがある。みんな、動かないで」

 俺は一歩、前に出た。
 やはり、ピリッとした感覚を受ける。

 それと同時にわずかな脱力感も覚えた。
 指先から力が抜けていくような感覚。

「これは……」
「なに、どうしたの? さっきから変よ」
「結界だ」
「結界?」
「この先に結界が張られている」

 アリーシャを始め、みんな不思議そうな顔に。

 時間は惜しいのだけど……
 しっかり説明しておいた方が危険は少ないだろうと、順に話をすることにした。

「結界はわかるよな? 学院の訓練場などにあるアレだ」
「ええ、もちろん」
「直接的なダメージはなくて、魔力を失う……という結界でしたね」
「ああ、そうだ。でも、結界はそれだけっていうわけじゃない。術者によって違う効果が出て、色々なものがあるんだ」
「そうなの?」
「ダメージを倍増させるとか、特定の属性の魔法の効果を高めるとか。変わり種でいくと、体重を増加させるなんてものもある」
「それはイヤね……」
「イヤです……」
「イヤだわ……」

 女性陣は揃って苦い顔をした。
 それからジト目を向けられた。
 例えが悪い、と言っているかのようだ。

 しまった。
 女性に体重の話は禁句だったか。

「え、えっと……とにかく、色々な種類の結界があるんだ」

 慌てて話を逸らす俺。
 前世では最強の賢者と讃えられたものの、女性の怒りは怖いのだ。

「で、この屋敷に張られている結界は魔力を吸い取るものだ」
「魔力を……?」

 エリゼとアリーシャはキョトンとしていたが、アラム姉さんは眉をしかめた。
 さすがというべきか、この結界の厄介な特性に気づいたらしい。

「お兄ちゃん、それはどういう問題があるんですか?」
「魔力が吸い取られる、っていうことは……魔法が使えなくなる、っていうこと?」
「それもあるけど、それだけじゃないわ」

 俺の代わりにアラム姉さんが説明してくれる。

「見た感じ、一気に魔力が吸い取られるわけじゃない。少しずつ抜き取られていく……だから、魔力を温存するか、あるいはポーションなどで回復をすれば魔法は使えるわ。ただ……」
「ただ?」
「完全に魔力が枯渇したら危ないわ」

 そう言うアラム姉さんは、これまでにないほど厳しい顔をしていた。

「魔力は魔法を使うためだけにあるわけじゃないの。魔法使いは、無意識に体の調整を魔力に頼っているの。必要不可欠なもので、でも、普段はそこまで重要性を感じなくて……そうね、空気みたいなものよ」
「それじゃあ……」

 アラム姉さんの言いたいことを理解したらしく、アリーシャは慌てた表情に。

「普通、魔力はそこら辺に当たり前のようにあるの。それを自然と吸収して補っているのだけど……それができず、逆に抜き取られるようなことになれば? 空気のないところに放り出されるようなものよ。最初は蓄えておいた魔力でなんとか耐えることができるけど、魔法が使えないほど魔力を失ったら……」

 窒息してしまう。
 すなわち、死。

「ま、待ってください、お姉ちゃん。それじゃあ、ここにいるかもしれないシャルロッテ先輩とフィア先輩は……」
「どれくらい閉じ込められているか、によるわね。急いで探さないと……でも、下手をしたら二重遭難になるわ」
「大丈夫です」

 俺は腰に下げたポーチから複数のポーションを取り出した。

「こういう時に備えて、人数分の倍のポーションを持っています」
「さすがレンね。そんな準備をしているなんて」
「あと、俺はけっこう魔力が大きいので、いざとなれば分けることができます。バラバラに探した方が効率はよさそうですが……危ないので、みんなまとまって行動しましょう。そうすれば問題ないかと」
「はい、がんばります!」
「そうね。早く二人を見つけないと」

 エリゼとアリーシャもやる気をみせてくれる。

 こうして、誰かのためにがんばる。
 力を出す。
 それこそが人が一番輝いている時なのだろう。

 ふと、そんなことを思った。