シャルロッテの表情には男に対する嫌悪が見えた。

 昔の姐さんのように、魔法を使えない男を見下しているわけではなくて……
 シャルロッテの場合は、きちんとした理由があるように思う。

 なんだかんだ、彼女はしっかりした人なのだ。
 たぶん。

「よかったら話してくれないか?」
「なんで、話さないといけないのかしら?」
「シャルロッテに興味があるんだ」

 これはウソじゃない。

「……まあ、別にいいですわ。貴重な話をしていただいたお礼、ということで。それに……調べようと思えば簡単にわかることですし」
「ありがとう」
「ふん」

 シャルロッテは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
 魔法の話で盛り上がったものの、やはり男は嫌いみたいだ。

「わたくしは貴族なのですが、知っていますか? ブリューナク家というところなのだけど」
「聞いたことはあるよ」

 俺も貴族なので、横からそういう情報は入ってくる。
 それにクラスメイト達の間で噂にもなっているし、なんとなくではあるが、彼女の家のことは知っていた。

「ブリューナク家は、今時、珍しく男が当主なのよ」
「へえ、それは確かに珍しいな」

 女尊男卑というほどではないけれど、魔法が使えることで、なんだかんだ女性の方が立場が強い。
 ウチも母さんが当主だ。

「跡継ぎが男しか産まれなくて……それで、父さまが当主になったらしいわ。でも、父さまは最低の人よ」
「言うね」
「事実ですから。汚職に癒着。パワハラにセクハラ。女性に手を出して……まあ、権力を盾に色々とやりたい放題。幸いというべきか大きな事件はまだ起こしていないけれど、小さな事件はしょっちゅう起こしているわ。で、それを権力で握りつぶしている」
「おぉ……」

 こう言ったらなんだけど、典型的な小悪党みたいだ。
 そんな俺の考えを見抜いたらしく、シャルロッテは苦笑する。

「その通り、小悪党よ」
「なるほど、ね」
「……ウチの親戚は、女尊男卑の思想が強いのですわ。そのせいで、父様は昔、色々と辛い想いをされたようですが……だからといって、今、好き勝手していい理由にはなりません。そして……一番の被害者は母さまですわ。母さまは気が弱い人で、父さまに酷い目に遭わされてきた。わたくしが小さい頃から酷い目に……ずっと」

 シャルロッテは拳を力いっぱい握る。
 爪が刺さり、血が出てしまいそうなほど、強く強く握る。

「父さまだけではなくて、その周りの男もくだらない連中ばかり。甘い汁を吸うためにすり寄ってきて父さまにへりくだり……好き放題してくれましたわ」
「一つ疑問なんだけど、そういうのって周囲が正してくれないのか? あるいは、さらに上の偉い人とか?」
「もちろん、正してくれますわ。なんだかんだ、女性の方が力を持っているもの。ですが、父さまはずる賢い人だった。表向きは何事もないように振る舞い、女性に媚を売り、母さまが上に立っているように見せて……でも、裏で好き勝手していた。だから、上や周囲の人々はなかなか動くことができないのですわ」
「なるほど」

 シャルロッテの父親は、魔法という力を持たないが、権力と悪知恵という力は持っていたみたいだ。
 うまく立ち回り、ずる賢く生き抜いてきたのだろう。

「まあ、それもわたくしが10歳の時に終わりを迎えたわ。長年、好き勝手やっていた父さまは、自分は一番偉い、って勘違いしたのでしょうね。どんどん増長していって、周囲の人々にケンカを売るようなことをして……そのまま反撃をくらい、叩き潰されましたわ。で、今までのことが明らかになって、家を追放されたの」
「壮絶だな……」
「わたくしはとてもスッキリしましたわ」

 追加で聞いたところ……

 全てを失ったシャルロッテの父親は、家を追われて姿を消したらしい。
 今は、どこにいるかわからない。消息不明だ。

「男なんて、くだらないですわ」

 シャルロッテは不快感を隠すことなく、はっきりと表に出して言う。

「魔法が使えないと、自分には力がないからと卑屈になり、必死になって媚を売る……かと思えば、権力などの力を手に入れたら、増長して好き勝手にふるまう。男なんて、みんな勝手ですわ」

 シャルロッテの気持ちはわからないでもない。
 産みの親がそんなヤツだとしたら、ここまでひねくれてしまうのも納得だ。

 でも、男の全てをくだらないと判断してしまうのはどうかと思う。
 父さんみたいにしっかりした人もいるし、一部だけでは?

 なによりも、俺達はまだ幼い。
 15歳といっても子供だ。
 自分の目で見たものが正しいと限らないし、後で価値観が覆されることもある。
 絶対にこうだ、と決めつけてしまうことは、ちょっと寂しいような気がした。

「わたくしが男を見下しているのは、魔法が使えないからではありませんわ。サイテーのどうしようもないロクでなしの生き物だから、見下しているの」
「シャルロッテの言い分はわかったけどさ……それでも、そうと決めつけるには早いんじゃないか? 父親の件も、一部の話に過ぎないだろう?」
「……そんなこと、わかっていますわ。ですが、仕方ないではありませんか」

 シャルロッテは、寂しそうに悔しそうに、顔を歪める。

「そういう風に思うようになってしまったんですもの。一度こうと認識した価値観は、そうそう簡単に塗り替えることはできませんわ」
「……それもそうだな」
「それに、この人はすごい、っていう男に会ったことがないし……考えを改めようとしても、そうするだけのきっかけがないの。だから無理ですわ」
「なら、俺がそう思わせてみせるよ」

 気がつけば、自然とそんなことを口にしていた。

「え?」
「俺のことをすごい、って思わせてみせる」
「あなたが?」
「俺が」

 第一印象は、わがままな女王さま。
 その次は、昔のアラム姉さんのような困ったちゃんで、扱いに困る女の子。

 でも、こうして話してみると、そういった印象は消えていた。
 ちょっとプライドが高いだけで、普通の女の子に思えた。

 だから……
 もう少しだけ踏み込んでみようと、そう思ったのだ。

「……」

 シャルロッテがじーっと見つめてきた。
 顔が近い。
 吐息が触れてしまいそうだ。

 そんな至近距離で……

「ぷっ」

 シャルロッテが笑う。

「ふふ。わたくしの話を聞いて、まさか、そんなことを言えるなんて……あなた、変わっていますわね」
「そうかな?」
「変わっているわ。ものすごく。少なくとも、今まで生きてきた中であなたみたいな男に出会ったことがないですわ」
「褒められてる……のかな?」
「自分をすごいと思わせてみせる、か……ふふっ、楽しみにしていますわ」

 シャルロッテが、とんっと俺の胸を軽く叩いた。
 それから、にっこりと笑う。

 その笑顔は、素直にかわいいと思った。