「ちょっと、遅いではありませんか!」

 フィアの伝言を受けて中庭に行くと、すでにシャルロッテがいた。
 俺の姿を認めると、むすっと不機嫌そうな顔になる。

 こんな子がフィアに尊敬されている?
 うーん……ないな。

「俺のことを呼んでいるとか?」
「ええ、そうですわ。ちょっと話……というか、聞きたいことがありますの」
「聞きたいこと?」
「さっきの授業のことですわ」

 はて、なんのことだろう?
 授業中、シャルロッテと絡むことはないし、注目を受けるようなこともしなかったはずなのだけど。

「あなた、あれだけの力をどうやって身につけたのかしら?」
「え? どういうこと?」
「ごまかさないでくださる? わたくしよりもずっと上手に魔力をコントロールしていて、先生も一目置くほどで……どうやって、そのような力を?」

 転生したから。

 なんて言っても信じてもらえないだろう。
 バカにしないで、と怒られるのが通常のパターンだ。

「幼い頃から毎日、トレーニングを積み重ねてきたんだよ。その結果だ」

 ウソは言っていない。
 全部を口にしてもいないけどな。

「どのようなトレーニングを?」
「色々とやったけど……基礎がメインかな? こんな感じで……光<ライト>」

 光球を生み出した。
 周囲を照らす、光属性の初歩中の初歩の魔法だ。

「それがどうかしまして?」
「これを、ずっと使い続けるんだ」
「ずっと?」
「そう。魔力切れになるまで、それこそ何時間も」

 通常、この魔法は10分ほどで効果が切れてしまう。

 でも魔力を調整して、色々な制御を試みると、持続時間が何倍も伸びる。
 その分、魔力の消費は激しくなり、コントロールも難しくなるのだけど……
 だからこそ、良いトレーニングになる、というわけだ。

「へぇ……とても良い方法ね」

 シャルロッテは感心したように頷いた。

 まさか、この話をするために俺を呼び出した?

「でも、大変じゃないかしら?」
「もちろん。でも、大変だからこそ伸びるものだろう?」
「そうですわね……ええ、その通りですわ。あなた、意外と努力家なのですね。そういうのは嫌いではありませんわ」
「それはどうも」
「あなたは男だけど……まあ、多少、見所はあるかもしれませんわね」

 『男』と口にする時、シャルロッテは嫌悪感をハッキリと表に出していた。

 男嫌いなのだろうか?
 それとも、マーテリアのように男を軽視しているとか?

「俺からもいい?」
「なにかしら?」
「シャルロッテは……」
「ブリューナク」

 ついつい名前で呼んでしまうと、即座に訂正を求められた。

「と言いたいところですが、名前で呼ぶことを許可いたしますわ」
「いいの?」
「……性は好きではありませんの」

 とても複雑な表情を見せる。
 なにか問題を抱えているのかもしれない。

「じゃあ、改めて……シャルロッテは、魔法の詠唱速度が異常に速いだろ? あれ、どうやっているんだ?」

 最初の授業で試合をした時、シャルロッテは、俺の詠唱速度を明らかに上回っていた。
 その秘密が知りたい。

「知りたいのですか?」
「もちろん。あんな魔法技術、見たことも聞いたこともない。だから、ものすごく興味がある」
「ふふんっ、それはそうでしょう! あれは、わたくしのとっておきですからね!」

 褒められて嬉しいらしく、シャルロッテはドヤ顔を決めた。

「ダメか?」
「ダメですわ」
「そこをなんとか」
「んー……まあ、ヒントくらいは差し上げもよろしいですわ。さきほど、あなたのトレーニングを聞いたので」

 そこから魔法について語り合う。
 技術、理論、改善案……色々な話をした。

 とても楽しい時間だ。
 シャルロッテも、いつの間にか楽しそうにして、魔法について熱く語る。

 魔法が好きなんだな。
 そして、魔法が好きな人に悪い人はいないはず。
 エル師匠のことを思い出した。

「……と、いうわけですわ」
「なるほど、勉強になった。それで、あの詠唱速度はどうやって?」
「そこはぼかしていましたのに、まだ諦めていませんのね……」
「気になることは、とことん追求しておきたいんだ」
「やれやれ……詳細を話すつもりはありませんが、まあ、調べればわかることですわね。あれは、遅延魔法というものですわ」

 それは俺の知らない魔法技術だった。

 あらかじめ魔法を唱えて、それを発動することなく、ストックしておく。
 それを任意のタイミングで解放することで、即座に魔法を発動することできる。
 それ故に、詠唱は通常よりも短く、驚異的な速さで魔法を発動することができる……というものだった。

 アリーシャの魔法剣、シャルロッテの遅延魔法。
 この世界の魔法は衰退していると思っていたが、そうでもないみたいだ。
 一部、発展しているところは発展している。

 こういうところを吸収して強くなっていかないと。

「んー……」

 話が終わったところで、再び、シャルロッテがじーっと見つめてきた。

「なんだ?」
「思えば、このようにまともな話をするのは初めてですわね」
「そういえば」

 いつも突っかかられていたからな。

「男にしては意外だけど、あなた、頭は悪くないのね。それに力もあるし……あと、なんか話しやすいわ」
「褒めてるのか、それ?」
「当たり前じゃない」

 シャルロッテの褒めるの基準はよくわからない。

「あなたは男だけど、実は意外といい人なのかしら?」
「どうだろうな? いいヤツの定義なんて個人によって変わるし、それはシャルロッテが判断することだろ?」
「それもそうね」

 不思議なヤツだ。

 最初は意味もなくつっかかってきて、アラムと同類みたいな感じがして、女王さまみたいに思っていたのだけど……
 こうして話をしてみると、人格が破綻しているという風には感じない。
 むしろ、しっかり者という印象を受けた。

 まあ、プライドが高いことに代わりはないが……
 それはそれで、一つの持ち味として見ることができる。

 シャルロッテ・ブリューナク。

 彼女のことは、以前ほど悪い印象を持たなくなった。
 というか、良い印象を持つようになった。

 ただ、男なんて、とか口にすることが多い。
 やはり、マーテリアの同類なのか?

「もう一つ、聞いてもいいか?」
「ええ、いいわ。あなたと魔法の話をするのは、それなりに有意義な時間ですもの」
「いや、個人的な質問だ」

 いまいち、シャルロッテがどういう人なのかわからない。
 なので、もう少し踏み込んでみることにした。

「シャルロッテは、男のことをどう思っているんだ?」
「……どういう意味かしら?」
「いや。なんか、男なんて、とか言うことが多いからさ。女尊男卑的な思考が根付いているのかな、って」
「そういうつもりはありませんわ。確かに、魔法が使える女性の方が力は上かもしれませんが、だからといって、女性だけで社会は成り立ちません。世界も。ただ……」

 シャルロッテはとても苦い顔をした。
 ハッキリとした嫌悪感を表に出す。

「男性は嫌いですわ」
「あー……なんか、悪いことを聞いたか?」
「……別に」
「別に、っていう顔じゃないだろ。それ」
「……」
「まあ……なにかあるなら、無理に話す必要はないさ。ただ単に、俺がシャルロッテのことを知りたいって思っただけだから。でも、そんなことに応える義務も義理もないからな」
「どうして、わたくしのことを知りたいの?」
「なんとなく」
「変わった人ね……あなたは、わたくしの知る男とぜんぜん違いますわ」
「どういう意味だ?」
「わたくしの知る男っていう生き物は、サイテーということですわ」