「あっ……あああっ」

 フィアは両手いっぱいにパンや飲み物を抱えていた。
 ただ、とても不安定で、バラバラと落としてしまう。
 ついでに財布も落としてしまい、効果が床の上に散らばる。

「わっ、わっ……す、すいませんすいませんっ」

 フィアはパンと硬貨を拾おうとするものの、慌てているらしく、なかなかうまくいかない。

「……悪い。ちょっと席を外す」
「お兄ちゃん?」

 不思議そうにするエリゼとアリーシャを置いて、俺は、フィアのところへ移動した。

「手伝うよ」
「え?」

 声をかけると、フィアがびくっと震えつつこちらを見た。
 その顔には、なんで? という疑問の色が浮かんでいる。

「そ、そんな……悪いです。わ、わたしが悪いんですから……」
「いいって。そんなこと気にしないで」
「で、でもでも……」
「ほら。あれこれ言ってるヒマがあるなら拾った方が早いぞ。手伝うから」
「……あ、ありがとうございます」

 少々強引だったけれど、無理矢理、手伝うことにした。
 でないと彼女、いつまでも恐縮していそうだ。

「えと、その……ありがとう、ございました」

 パンと硬貨を拾い終えた。
 硬貨を財布にしまい、パンを一度テーブルの上に置いて……それから、フィアは深く頭を下げた。

「そこまでする必要ないって」
「で、でも……」
「ただ単に、落とし物を拾うのを手伝っただけだろう? それなのに、わざわざ頭を下げなくていいよ」
「えっと、えっと……でもでも。その……う、うれしかったので」
「そう?」
「だ、だから、その……あ、ありがとうございます!」
「そっか……うん。どういたしまして」

 きっと、とても律儀な子なんだろうな。
 そして、まっすぐな心を持っているんだろう。

 こういう子は、なかなかいない。
 フィア・レーナルトという女の子のことを好ましく思った。

「ところで、そのパンの山は?」
「あっ……えっと、これは……」

 見られてはまずいものを見られた、というような感じでフィアの顔が曇る。

「一人で食べるにしては多いけど……それとも、もしかして全部食べる?」
「た、食べませんよぉ……わたし、そんな大食いじゃないので」
「なら、どうして?」
「あ、えと……」

 困った様子でフィアは視線を泳がせた。

 そうやって焦るくらいなら、最初から適当なウソをついていればいいのだけど……
 根が真面目で、きっとウソがつけないのだろう。

「誰かに頼まれたとか?」
「い、いえ、そのようなことは……むしろ、自発的に……」
「本当に?」
「は、はい……」
「ちなみに、誰のもの?」
「えっと……クラスメイトやシャルロッテ様のもの……です」

 もしかして、パシられているのだろうか?

 シャルロッテ……俺に決闘を挑んできた、女王様みたいにプライドが高いクラスメイトだ。
 これだけの量を一人で買いに行かせるなんて……
 どうやらあの女王様は、プライドが高いだけではなくて、性格も歪んでいるらしい。

「無茶なことをさせるな」
「い、いえ……! そんなことは、その……」
「俺が言ってやろうか?」
「い、いえいえ! だ、大丈夫ですから、ホント、大丈夫です。それにこれは、ほとんど自分で言い出したようなものなので!」
「でも……」
「あ、あの……わたし、急がないといけないので……で、では!」
「あっ、おい!」

 引き止める間もなく、フィアはぺこぺこと頭を下げながら立ち去ってしまった。

「んー……気になるな」

 フィアと親しいわけじゃない。
 日頃から話をしているわけじゃないし、なんだったら、まともに話をしたのは今日が初めてだ。

 そんな間柄なのに、心配するのはおかしいかもしれない。
 でも、女の子が困っている。
 男としては見過ごせない。

「とはいえ、ここであれこれと口を出すのは、おせっかいがすぎるか」

 フィアがパシらされているものの、それがいつものことなのかわからない。
 たまたま、今日一日だけのものかもしれない。

 それに、外野が口を出すことで、フィアをますます追い込んでしまう可能性がある。
 口を出す時は、絶対に問題を解決してみせる、という覚悟が必要だ。

 今の俺は、まだフィアという女の子をよく知らない。
 だから、どこまでつっこんでいいものか迷うところがあって……
 正直なところ、覚悟はまだない。

 これ以上は、どうこうすることはできないか。
 もやもやとしたものを抱えつつ席に戻る。

「今の子、知り合い?」

 席に戻ると、アリーシャがそう尋ねてきた。

「クラスメイトなんだ」
「へー……さっそく、女の子と仲良くなったんだ」
「お兄ちゃん……手が早いです」

 なぜか、アリーシャにジト目を向けられた。
 エリゼも便乗している。

 俺、何も悪いことはしていないよな……?

「仲良くなった、っていうほどじゃないさ。一言二言、しゃべったくらいだよ」
「どうかしら」
「つっかかるなあ……というか、俺がフィアと仲良くしてアリーシャが困るのか?」
「そ、それは……まあ、困らないというか困るというか……」

 どっちだ?

「と、とにかく! あの子がどうしたの? 何か気になっているの?」
「見ればわかるだろう? あんな量のパンを買って……聞けば、クラスメイトに頼まれたものらしい」
「しのご言わず買ってこいや。でないと、恥ずかしい思いをすることになるぜ、ぐへへへ……というヤツですか?」

 不思議そうにしながら、エリゼがそんなことを言う。

 妹よ。
 どこでそんな言葉を覚えたんだ?
 お兄ちゃんは心配です。

「パシリ、っていうやつね。いじめられてるの?」
「よくわからない。本人はパシリを否定してたし……まあ、素直に認められるものでもないけどな。今の段階でどうこう、ってのは難しい気がするんだ」
「なるほどね。だいたいのことはわかったわ」
「はい」

 アリーシャとエリゼも難しい顔になる。

 他人のことなのに、自分のことのように考えることができる。
 二人が優しい心を持つ証拠だ。

「もしも何かされているんだとしたら、力になりたいです」

 エリゼが拳をぐっと握りながら、強く言った。
 その言葉に頷く。

「そうだな。その時は、なんとかしようと思うよ」
「はい! なにかできることがあれば、私もお手伝いしますね」
「やれやれ、似たもの兄妹ね」

 アリーシャがそんなことを言うものだから、俺とエリゼは揃って首を傾げる。

「どういうことですか?」
「おせっかいなところが似ている、って言いたいのよ」
「おせっかいなのか?」
「なんでしょうか?」

 再び、揃って首を傾げた。

「ま、そういうところは、レンとエリゼらしいって思うわ。そのおかげで、あたしも助けられたわけだし」

 アリーシャは柔らかく笑い、そう話を締めくくるのだった。