見ると、背後に二人の侍女の姿があった。

 いずれも見覚えがある。
 マーテリアが連れてきた侍女だ。

「……伏兵か」
「卑怯と罵りますか?」
「いいや。これくらい、ちょうどいいハンデさ」
「減らず口を……!」

 怒れるマーテリアと侍女達が魔法を放ってくる。
 初級魔法だけど、連射速度がすごい。
 さきほどの俺を真似するかのように、手数で攻めてきた。

 相手は三人。
 こちらは一人。
 さすがに不利だ。

 広範囲魔法でまとめて、でもいいのだけど……
 その場合、アラムを巻き込んでしまいそうだ。

「一人ずつ倒していくしかないか……爆砕陣<フレアサークル>!」

 足元に魔法を叩き込む。
 土煙が派手に舞い上がり、辺り一帯の視界を塞ぐ。

「なっ、これは……!?」
「ど、どこを狙えば……」
「落ち着きなさい! 姿が見えないのなら、広範囲魔法を叩き込めばいいのです!」

 アラムを巻き込むかもしれないのに、よくそんなことが言えたものだ。
 改めて怒りが湧いてきた。

 とはいえ、そんなことをさせるつもりはない。
 魔法を唱える時間も与えない。

 俺の視界もふさがっているが……
 しかし、律儀に声を出してくれたものだから、大体の居場所はわかる。

「石の槍<ストーンランス>!」
「ぎゃ!?」
「雷の槍<サンダーランス>!」
「うあっ」

 よし。
 手応えアリだ。

 ほどなくして土煙が晴れて……
 二人の侍女が倒れているのが見えた。
 手加減はしておいたから、そこまでひどい怪我はしていないだろう。

「今のがあんたの切り札か?」
「くっ……!」

 マーテリアが苦い顔になる。

「男のくせに、と蔑んでいた相手にしてやられた気分はどうだ? なあ、教えてくれよ?」
「こ、のっ……!!!」
「……本当に、教えてくれよ。なんで、そこまで歪んだ思考を持てるんだよ」

 マーテリアのことがわからない。

 なんだかんだ、彼女は祖母なのだ。
 仲良くしたい。
 色々な話をしたい。

 でも、マーテリアは、俺が男という理由でそれを拒んでいて……
 それだけじゃなくて、アラムやエリゼのことも、男を蹴り落とすための道具として利用しようとしている。

 そこまでする理由がわからない。

「黙りなさいっ!!!」

 心の枷を外したのか、マーテリアは感情をあらわにして叫んだ。

「私が歪んでいるなど、そのようなことはありえません! 私こそが正しいのです! あのような、私を捨てた男が正しいなど、そのようなことは……!!!」

 捨てた?
 どういうことだろう?

 マーテリアは、祖父と一緒に暮らしているはずだけど……いや、待てよ?
 そういえば昔、母さんから聞いたことがある。

 マーテリアは将来を約束した男性がいた。
 しかし、相手の男は詐欺師で、マーテリアは騙されて……
 その後、家のために祖父と結婚したのだ……と。

「……本当のことは知らないけどさ。俺の知っている話が本当なら、同情する余地はあるけどさ」

 でも。

「だからって、孫を利用しようとするのはおかしいだろ!? アラム姉さんを傷つけて、そんなことが許されるわけがないだろう!!!」
「……レン……」

 視界の端で、アラムがぽろぽろと涙をこぼしているのが見えた。
 その涙の意味は……

「……なさい……」

 マーテリアが小さく、なにかを言う。

「黙りなさいっ!!!」

 果てのない激情を込めた声。
 目を血走らせるほどの怒りを乗せて、こちらを睨みつけてくる。

「男が、私の心で土足で立ち入ろうとするな!!!」
「くっ……!?」

 魔力の奔流が湧き上がり、とてつもないプレッシャーが襲ってきた。

 このとんでもない魔力……
 これがマーテリアの本気なのか?

 いや。
 なにかおかしい。

 彼女の体から黒い霧のようなものがあふれている。
 それはあまりにも禍々しくて、人が放つものとは思えない。

 そう。
 例えるなら、魔王が使っていた魔力と似ていて……

「どういうことだ……?」

 この現象は、ただの偶然なのか。
 それとも……

「後悔して、後悔して、後悔して……そして死になさいっ!!! 氷刃乱舞<ソードブリザード>!!!」
「うわっ!?」

 マーテリアを中心に、強烈な嵐が吹き荒れた。
 氷の刃が荒れ狂い、触れるもの全てを凍らせて、切り刻んでいく。

 めちゃくちゃだ。
 こいつ、なにもかも壊すつもりか?

「あ……れ、レン……」
「アラム姉さん!」

 アラムに氷の嵐が迫り……
 俺は悲鳴じみた声をあげつつ、彼女のところに駆けた。